ランティス祭り2019は何が酷かった?アニサマ2026で再び話題になった理由
今年のアニサマ、つまりアニメソングの大型ライブが「過去最悪だ」とネットでかなり話題になっている。
ところが、である。
よく見ていくと、本当にバズっていたのはアニサマそのものではなかった。
「いや、本当に酷かったのは7年前のランティス祭り2019のほうだ」──そんな声が、今になって一気に掘り起こされているのだ。
過去最悪のイベントは今年のアニサマではなく、2019年に開催されたランティス祭り2019(通称:ウンチィス祭り2019)で間違いないです。
まだライブ終わってないのに、休憩時間中に駅に向かって皆が帰ってましたからね。
1人目の茅原実里が一番の盛り上がりでした。本当にありがとうございました。 pic.twitter.com/LuyrZ21piV— ぷれい🎤👑雨宮天さん (@sora_ama_pray) July 11, 2026
なぜ、とっくに終わったはずのイベントが、7年越しで蒸し返されているのか。
そして、そのランティス祭り2019とやらは、いったい何がそんなに酷かったのか。
今回は、その伝説の中身をわかりやすく紐解いていこうと思う。
おすすめ欄でアニサマが「過去最悪のイベント」というワードで評されてるから、「お前らはランティス祭り2019 1日目に行ったのか?」という、すぐ昔の戦争の話を持ち出すジジイのような気持ちになってきている。
— たな🌐 (@tana1192) July 10, 2026
目次
今年のアニサマ批判でランティス祭り2019が再燃
大型のライブやフェスに行って、財布も気持ちも軽くしたのに、なんだか消化不良のまま帰った──。
そんな経験は、音楽好きなら一度くらいあるんじゃないだろうか。
今年のアニサマも、まさにそれだったらしい。
ネットでは開演直後から、音がとにかく爆音で耳が痛い、MCが長い、セトリ(曲目のことだ)が物足りない、平日開催のせいか客席に空席が目立つ、といった不満がかなりの勢いで広がっていった。
運営側が一部で謝罪する場面まであったというのだから、それなりの荒れ具合ではあったのだろう。
ところが、その不満の渦の中から、まったく別の名前がぬっと顔を出した。
「いやいや、本当に酷かったのは今年のアニサマじゃなくて、2019年のランティス祭りだ」というわけである。
今まさに燃えているイベントを差し置いて、7年前の亡霊が引っ張り出されてくるのだから、なかなかの事態だ。
しかも、その呼ばれ方がひどい。
ネットでは正式名称そっちのけで、「ウンチィス祭り2019」なんて容赦ない揶揄まで飛び出しているというのだから、恨みの根の深さが伝わってくる。
7年前のイベントに、いまだにこの熱量。
ふつう、ライブの思い出なんてそんなに長持ちしない。
楽しかったことすら数年で忘れていくのに、これだけ語り継がれているということは、よほど参加者の心に深い爪痕を残したのだと見ていい。
つまりランティス祭り2019は、いまや「過去最悪」を測るための物差しとして、しっかり殿堂入りしているわけだ。
今年のアニサマがどれだけ叩かれても、最後は「まあ、2019よりはマシか」で締められてしまう。
叩かれる側からすれば、なんとも理不尽な引き合いの出され方である。
それにしても、なぜこのタイミングで7年前がわざわざ蒸し返されたのか。
おそらく、今年のアニサマへの不満が引き金を引いたのだと思う。
音響やMCといった「直せば済む不満」を目にした人たちの頭に、ふと「そういえば昔、直しようがないレベルで崩壊したやつがあったな」という記憶がよみがえった。
今年の不満が、7年前のトラウマの蓋を開けてしまったというわけだ。
ランティス祭り2019の事を掘り返すのはやめるんだ…1組1曲みたいな歌手が多いうえ、この人と言えばこの曲!を外したセトリで満足度も低く、短期間に機材入れ替え発生するのでもたつき、客席の空気悪過ぎて合間に偉い人が「みんな楽しんでる…?」って確認してた伝説のフェスの事は…
— 五月雨せつな@東メ42a (@Circle_GH) July 11, 2026
ランティス祭り2019が伝説級と言われる3つの理由
ここからは、その伝説の中身にいよいよ踏み込んでいく。
ランティス祭り2019は、レコード会社ランティスの設立20周年を記念した、幕張メッセでの3日間の大型ライブだったという。
所属アーティストが勢ぞろいし、20年の感謝を掲げたお祝いイベント。
本来なら、ファンにとって最高のご褒美になるはずの舞台だ。
ところが蓋を開けてみれば、その中身は「お祝い」とはずいぶん様子が違っていたらしい。
参加者が口をそろえて挙げる「酷かった点」は、大きく3つに絞られる。
ランティス祭り2019
1日目
・1曲で帰ってゆくアーティスト
・Special枠がカバー曲披露
・カバー曲の選曲の方向性がズレてる
・金返せ有給返せの罵声が飛び交う
・謎の1時間休憩
・トリ前で大量に帰るヲタク
・¥8800— +しーつん+ (@lasfy_main) June 21, 2019
出演者の大半が1曲だけで終わった
まず、これだ。
ステージに立ったアーティストの多くが、たった1曲を歌っただけで、あっさりはけていったというのだ。
1曲。
これではもう、歌番組の出場者である。
好きなアーティストのために遠征して、宿を取って、何ヶ月も前からチケットを握りしめてきたファンからすれば、たまったものではない。
会いに行った相手が、ワンコーラス披露してさっそうと去っていくのだ。
「え、もう終わり」と拍子抜けして、口が半開きになるには十分すぎるだろう。
ネットでは、格や売り上げの貢献度で1組あたりの曲数が決まっていたのでは、という見方も出ていた。
真偽のほどはわからない。
ただ、この人といえばこの曲、という代表曲すら聴けずに終わったケースがあったとなれば、不満が噴き出すのも無理はない。
なにせ、看板は「20周年のお祝い」である。
祝う側が主役たちを1曲ずつで回転させていくのだから、お祝いというより高速の顔見せ興行だ。
感謝を掲げた記念イベントで、いちばん物足りない思いをしたのがファンだったという、なんとも皮肉な話である。
そしてこれは、短い持ち時間しかもらえなかったアーティスト本人だって不完全燃焼だったはずだ。
ファンも可哀想、演者も可哀想。
欲張って出演者を詰め込みすぎた結果、全員がちょっとずつ損をする。
そんな、誰も得をしない構図がそこにあったのかもしれない。
30分超の休憩が何度も入り会場の熱が切れた
ランティス祭り
公演時間8時間の内3時間が休憩時間— みたげ (@ganotamitage) June 21, 2019
そして、個人的にはこれが一番効いたと見ている。
とにかく休憩が長く、そして多かったらしい。
1回あたり30分前後、それが何度も入ったというのだから、もはやライブなのか休み時間なのか、よくわからない。
大型会場でトイレ対策として休憩を挟むこと自体は、よくある配慮だ。
そこは理解できる。
だが、いかんせん長すぎた。
一度冷めてしまった気持ちは、そう簡単には温まり直さない。
ライブというのは勢いと熱が命なのに、その熱を運営自らが、休憩のたびに冷ましにかかっていたわけである。
そして、伝説として今も語り継がれているのが、この光景だ。
ライブがまだ終わっていないのに、休憩時間のあいだに大勢の客が駅へ向かって帰っていったというのである。
うーん、これはなかなかに強烈だ。
お目当てを見届ける前に席を立つというのは、よほどのこと。
ネットでは「有給返せ」なんて悲鳴まで上がっていたというから、平日に休みを取って駆けつけた人の落胆はいかばかりか。
白状すると、僕もこの手のイベントで待たされ続けたら、たぶん2回目の休憩あたりでこっそり乗換案内を開いている。
人の集中力も、財布の元を取りたい気持ちも、そんなに長くはもたないのだ。
ちなみに、1人目に登場した茅原実里が一番盛り上がった、という声も残っている。
トップバッターが優勝。
その後の失速ぶりを、これほど雄弁に物語る事実もないだろう。
酒の持ち込み騒動で翌日からルール変更になった
【ランティス祭りにつきましての注意事項】明日の公演より本会場、ライブビューイング会場ともに外部にて購入されたアルコール、食事などの持ち込みを禁止とさせていただきます。持ち込みがあった場合、主催者の判断でお声がけ、処分をさせていただきます。あらかじめご了承ください。
— Lantis(ランティス)公式 (@lantis_staff) June 21, 2019
3つ目は、お酒だ。
初日は立ち見エリアを中心に、酒の持ち込みや飲酒がかなり目立ったという。
盛り上がるのは結構だが、度を超せばそれはただの無礼講。
まわりで浴びるように飲まれては、しらふでじっくり観に来た人はたまったものではない。
で、どうなったか。
翌日から、飲食まわりのルールが急きょ変更されたというのだ。
おいおい、後出しか。
そのルール、最初から敷いておけばよかったという話である。
こうなると厄介なのが、初日に来た人と2日目以降に来た人とで、体験がまるで別物になってしまうことだ。
同じチケット代を払って、片方は無法地帯、片方は急な締め付け。
運営の計画性の甘さが、そのまま参加者間の不公平として跳ね返った格好である。
この後味の悪さもまた、語り草になった一因だろう。
もっとも、当時を振り返って「あの無法っぷりが逆に懐かしい」と笑う古参もいるにはいる。
締め付けの緩い祭りには、緩いなりの熱があった、という理屈もわからなくはない。
ただ、それはあくまで、あの3日間を生き延びた者の思い出補正というやつだろう。
ファンが七年後も忘れないワケ
さて、ここまで読んで、ひとつ引っかかった人もいるかもしれない。
今年のアニサマだって「酷い」と言われているのに、なぜ2019年のほうが伝説として残るのか、と。
これがなかなか面白いところで、両者は同じ「酷い」でも、その中身がまるで違うのだ。
今年のアニサマへの不満は、音響、MC、セトリ、空席。
言い換えれば、どれも「次はここを直してほしい」という改善の要望だ。
現に、日によっては神セトリだった、現地はやっぱり楽しかった、という声もちゃんと混じっている。
不満はあれど、イベントとしては最後まで成立していた。
一方のランティス祭り2019は、そもそもの土台のほうが崩れていた。
1曲で帰される、休憩で冷める、ルールは後から変わる。
これは味付けの問題ではなく、料理そのものが生煮えで出てきたという話に近い。
だから「もう一度行きたいか」と聞かれると、答えに詰まってしまう。
次の期待につながらない酷さ、とでも言えばいいだろうか。
考えてみれば、これはライブに限った話でもない。
どんなに豪華な花火大会でも、打ち上げの合間が長すぎれば、人はそわそわと帰り支度を始めてしまう。
結婚式の余興が押しに押せば、料理より先に終電が気になってくる。
つまり僕らが本当に楽しみにしているのは、豪華な出し物そのものより、途切れずに最後まで続いてくれる「熱」のほうなのだ。
その熱の管理をしくじると、どれだけ中身が良くても、記憶はまるごと「あの酷かったやつ」で上書きされてしまう。
ランティス祭り2019が7年経っても色あせないのは、まさにそこをやらかしたからだと思う。
豪華な顔ぶれよりも、駅へ向かう人の背中のほうが、強烈に焼きついてしまったのだ。
そして面白いのは、今のアニサマを叩いている人たちですら、口をそろえて「それでも2019ほどじゃない」と言っていることだ。
批判の物差しとして、7年前のイベントがいまだ現役で使われている。
考えようによっては、これほどの語り継がれ方は、ある種の勲章なのかもしれない。
もっとも、当のランティスからすれば、これ以上ありがたくない勲章もないだろうが。
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