行方不明女子中3生は拉致された?新潟の過去の事件との怖い共通点
新潟という土地には、どうしても拭えない「影」がある。
1970年代から80年代にかけて、この地で多くの人々が忽然と姿を消した。
当時は「家出」や「蒸発」として片付けられたケースも少なくなかったが、後にそれが北朝鮮による拉致だったと判明し、日本中に衝撃が走った。
2026年1月26日、新潟県十日町市で中学3年生の樋口まりんさん(14歳)が行方不明になった。
上着もなく、スマホも財布もなく、靴すら履いていない可能性があるという。
この事件を知ったとき、新潟で過去に起きた事件の記憶が、どうしても頭をよぎってしまった人も多いのではないだろうか。
もちろん、現時点では何も分かっていない。
事故の可能性もあれば、自発的な外出の可能性もある。
しかし、新潟という土地で起きた少女の行方不明を、過去の歴史と切り離して考えることは難しいのかもしれない。
本記事では、今回の事件と新潟県内で過去に起きた重大事件との類似点を探りながら、少女の行方不明の真相を考察しようと思う。
かなりするどく切り込んでいくので、外部の人間による犯行である可能性について考えたくない方はこの先を読まないようにしていただきたい。
目次
新潟中3生行方不明事件は拉致なのか?
「拉致」という言葉を軽々しく使うべきではないことは、十分に承知している。
しかし、新潟県民にとってこの言葉は、他の地域の人々が感じる以上に重い意味を持っているようだ。
1977年から78年にかけて、新潟県柏崎市の海岸で若いカップルが次々と姿を消した。
当時は「駆け落ち」などと噂されたこともあったが、それが北朝鮮の工作員による計画的な拉致だったと判明したのは、なんと20年以上も後のことだった。
横田めぐみさんが新潟市内で下校中に連れ去られたのも、1977年のことである。
こうした歴史を持つ土地で、14歳の少女が「痕跡を残さずに」消えたという事実は、過去の記憶を呼び起こしてしまう面があるのだろう。
今回の現場となった十日町市は、柏崎市や新潟市のような海岸部ではない。
山間部に位置し、日本海からは車で1時間以上の距離がある。
だから「北朝鮮による拉致」という線は、地理的に見れば可能性が低いと考えられる。
船を使った移動が前提となる国家的な拉致であれば、わざわざ内陸の山間部まで入り込むメリットがないからだ。
しかし、ネット上では別の仮説も指摘されている。
「拉致」という言葉が指すのは、必ずしも北朝鮮だけではない。
国内の犯罪者による連れ去り、組織的な人身売買、あるいは顔見知りによる誘拐等、これらすべてが広い意味での「拉致」に含まれる。
そして新潟県は、そうした事件が過去に複数回発生している土地でもある。
子供の行方不明が怖い理由
子どもが行方不明になる事件は、残念ながら日本全国で毎年発生している。
しかし、新潟県で起きた事件には、他の地域とは異なる重みがある。
それは過去の重大事件が残した記憶であり、「見つからない」「長期化する」という最悪のシナリオまでイメージしてしまうからかもしれない。
親であれば「もし自分の子どもだったら」と考えずにはいられない。
今回の樋口まりんさんの行方不明にも、過去の事件と重なる類似点がいくつか指摘されている。
①三条市監禁事件との類似性
新潟県三条市で起きた少女監禁事件は、1990年から2000年まで9年2ヶ月にわたって続いた。
当時9歳だった少女は、下校途中に突然姿を消し、犯人の自宅2階に監禁され続けた。
犯人は犯行時27歳の男性で、母親と二人暮らし。
社会との接点が極めて少ない、孤立した生活を送っていたという。
この事件で最も衝撃的だったのは、少女が「すぐ近くにいた」という事実だ。
犯人の自宅は、少女が通っていた小学校からわずか数キロの距離。
警察も当初は「家出」として処理し、本格的な捜査に踏み切るまでに時間がかかった。
結果として、少女は9年以上もの歳月を奪われることになった。
ご両親の苦しみは、想像を絶するものだったに違いない。
今回の樋口まりんさんの事件と比較したとき、いくつかの類似点が浮かび上がる。
まず「争った形跡がなく忽然と姿を消した」という点。
三条市の事件でも、少女は突然姿を消し、周囲は何が起きたのか分からなかった。
犯人は車を使って少女を連れ去り、自宅に監禁したとされている。
今回も、もし第三者が関与しているとすれば、車両を使った迅速な移動が想定される。
足跡が残っていないという状況は、被害者が地面をほとんど歩いていない可能性を示唆しているからだ。
また、三条市の犯人は地元住民だった。
よそ者が目立つ田舎の環境で、外部の人間が犯行に及ぶのは難しい。
むしろ、その土地の事情をよく知る人間の方が、死角や盲点を熟知しているといえる。
新座地区もまた、山間部の小さな集落だ。
外部からの訪問者は目立ちやすく、逆に言えば地元の人間であれば怪しまれにくい環境なのかもしれない。
もちろん、これはあくまで過去の事例との比較であり、今回の事件に当てはまるとは限らない。
ただ、もし拉致の可能性を感じる地元の人がいるならば、しっかり監視の目を光らせてほしいと思う。
②海岸部ではない内陸での拉致事例
新潟県の拉致事件といえば、柏崎市や新潟市など海岸部のイメージが強い。
北朝鮮による拉致は、船での移動を前提としているため、必然的に沿岸部が狙われた。
しかし、国内犯罪者による連れ去りであれば、海岸部である必要はない。
むしろ内陸の山間部の方が、人目につきにくいという指摘もある。
十日町市は、関越自動車道へのアクセスも可能な位置にある。
車で移動すれば、1時間ほどで県外に出ることができる。
少女が居なくなってから通報までの20分、通報から警察が動き出すまでのタイムラグ。
この時間差があれば、相当な距離を稼ぐことも可能だったかもしれない。
過去の事例を見ると、2014年に岡山県倉敷市で発生した少女監禁事件でも、犯人は被害者を長期間にわたって監禁しようとした。
「所有」しようとする心理は、三条市の犯人とも共通していると専門家は指摘する。
こうした犯罪者は、人口密度が低く、近隣との付き合いが希薄な地域を選ぶ傾向があるという。
十日町市の新座地区は、そうした条件に当てはまる部分はないだろうか。
③犯行が雪の夜に選ばれた理由
もし今回の事件に第三者が関与しているとすれば、「なぜ真冬の豪雪の夜だったのか」という疑問が浮かぶ。
一見すると、大雪の日は犯行には不向きに思える。
車の移動も困難だし、足跡が残りやすいからだ。
しかし、逆の見方もできる。
豪雪地帯の冬の夜は、人通りがほとんどない。
近隣住民も家の中に閉じこもり、外の様子を気にする人は少ない。
降り続ける雪は、足跡や車の轍をあっという間に埋めてしまう。
つまり、証拠が残りにくい条件が揃っていたともいえる。
さらに、寒さは被害者の体力を奪う効果もある。
上着も靴もない状態で外に出れば、数分で身体は凍えてしまう。
抵抗する気力も体力も失われやすくなる。
三条市の事件が発生したのも、11月下旬の寒い時期だった。
新潟県内の重大事件が冬季に発生しているケースがあることは、偶然ではないのかもしれない。
ただし、これらはあくまで「もし第三者が関与していたら」という仮定に基づく考察だ。
事故や自発的な外出の可能性も、まだ排除されていない。
新潟中3生行方不明に対するネットの反応
この事件に対するネット上の反応は、かなり切迫したものになっている。
「神隠しなんかじゃない、これは事件ではないか」という声が、ネットで多数見られる。
特に新潟県民と思われるユーザーからは、過去の拉致事件や監禁事件を引き合いに出した投稿が目立つ。
「また新潟で繰り返されるのではないか」という危機感が、文面から伝わってくる。
SNS上では北朝鮮関連の憶測や地元住民の関与説が拡散しているが、いずれも公式には確認されていないのでご注意いただきたい。
警察は事件・事故の両面で捜査を進めているとされるが、現時点において具体的な進展は報じられていない。
1月28日正午現在、発見の報告はなく、警察はヘリコプターと警察犬を継続投入し、22人体制で周辺を捜索中だという。
防犯カメラの映像確認やドライブレコーダーの収集も行われているようだが、有力な手がかりは得られていないようだ。
こうした状況が、「第三者の関与があったのではないか」という声をさらに強めている面がある。
また、ネット上の議論で興味深いのは「犯人像」に関する推測だ。
多くの投稿者が、三条市監禁事件の犯人像を念頭に置いているように見える。
すなわち、30代から50代の男性で、社会との接点が少なく、孤立した生活を送っている人物。
車を所有しており、地元の地理に詳しい。
こうしたプロファイルが、掲示板やSNSで繰り返し言及されている。
一方で、「北朝鮮の工作員」という説も根強く拡散している。
新潟県の歴史を考えれば、そうした連想が生まれるのは自然なことかもしれない。
ただし、内陸の山間部という地理的条件を考えると、国家的な拉致の可能性は低いと考えるのが合理的だろう。
もっとも、こうしたネット上の推測はあくまで憶測の域を出ない。
もちろん、このブログも然りだ。
確定的な情報がないまま「犯人像」を決めつけることは、無関係な人々への誹謗中傷につながりかねない。
山梨のキャンプ場事件では、お母さんに対する根拠のない非難で逮捕者が出たことを忘れてはならない。
あの事件では、「殺すぞ」「お前が犯人だ」といったメッセージを送りつけた人間が実刑判決を受けている。
娘を失った悲しみの中で、そんな言葉を浴びせられることがどれほど辛いか。
同じ親として、想像するだけで胸が痛む。
今回の事件でも、樋口さんのご両親を責めるような声がネット上に見られる。
しかし、それは的外れというものだろう。
ご両親は、つい10分前まで一緒にリビングで過ごしていた娘が、突然消えてしまったのだ。
誰にも予測できなかったし、誰のせいでもない。
子育ては完璧にはできない。
どんなに気をつけていても、子どもに何かが起きてしまうことはある。
私たちにできることは、冷静に情報を見極め、有益な情報があれば警察に提供することだ。
最後に、多くの人がこの事件を注視し、樋口まりんさんの無事を祈っていることは、報道やSNSの反応からはっきりと伝わってくる。
「早く見つかってほしい」「無事でいてほしい」という声は、ネット上のあらゆる場所で見られる。
樋口まりんさんが、北海道の大和君のように無事に見つかることを、心から願っている。
どうか、一日も早く無事な姿で見つかりますように。
ご両親の元に、笑顔で帰ってきてほしい。