高田馬場ライバー刺殺事件の求刑20年が物議…内田梨瑚27年との違いとは?
東京・高田馬場でライブ配信中の女性が命を奪われた事件で、検察は被告の男に懲役20年を求刑した。
ネットでは20年求刑報道に対して相反する声が上がり、内田梨瑚被告に言い渡された懲役27年との比較も広がっている。
正直に言うと、7年もの差を見て引っかかる気持ちはわかる。
内田梨瑚被告の事件では、検察が懲役27年を求め、裁判所も求刑通り27年を言い渡した。
一方、高田馬場の事件で検察が求めたのは懲役20年であり、検察が求めた刑だけを比べても、二つの事件には7年の開きがある。
しかも、高田馬場の20年はまだ判決ではなく、実際に言い渡される刑が求刑を下回る可能性も残っている。
そう考えれば、なぜ求刑の段階で20年なのかと疑問を感じるのは自然なことだろう。
今回は高田馬場で何が起きたのかをあらためて整理しながら、二つの事件の量刑事情にどんな違いがあり、裁判所が求刑20年をどう判断するのかを考えていきたいと思う。
目次
高田馬場ライブ配信刺殺事件で何が起きたのか
事件が起きたのは、2025年3月11日の午前9時50分ごろ。
当時22歳の女性ライブ配信者が「山手線を徒歩で1周する」という企画を配信しながら、高田馬場駅近くを歩いていた。
そこへ、配信を見て居場所を追っていた44歳の男が現れた。
男は刃物2本を用意し、栃木県から東京まで来て待ち伏せしていた。
男は女性を路上で倒し、上から繰り返し刃物を振るったとされる。
女性が助けを求める声は約1分で途絶え、少なくとも55か所の傷が確認された。
しかも、配信はその間も続いていた。
画面の向こうにいた視聴者は、襲われる場面の一部をリアルタイムで目にしてしまった。
犯行後、男は倒れた女性を撮影し、頭部を蹴るなどしたとも報じられている。
ここまで来ると、金を返してもらえなかった怒りという説明だけでは、とても受け止めきれない。
命を奪ったあとまで女性の尊厳を傷つけた行為に、強い嫌悪を覚えるのだが、男にはそれをするだけの理由があったようだ。
二人の関係は、事件の数年前からと遡る。
男は配信アプリのアイテム購入に163万円を使い、その後は女性へ254万円から255万円ほどを貸したが、返済されたのは3万円だけだったとされる。
返済を求める民事訴訟まで起こしたものの、男の中では怒りが消えず、事件前日の配信予告を見て犯行の準備を始めた。
初公判で男は起訴内容を認め、検察は懲役20年を求刑し、弁護側は9年が相当だと主張している。
事件がここまで恐ろしいと言われる理由
「残虐な事件だった」のひと言で終わらせるには、この事件には一般人の我々が感じる怖さが何層も重なっている。
ライブ配信が待ち伏せに使われたこと、少なくとも55か所の傷が残るほど攻撃が続いたこと、数年にわたる執着が犯行へ変わったこと。
特別な場所で起きたのではなく、朝の路上で、配信を見ていた人たちの目の前で起きた。
だからこそ、事件を知ったあとも気味の悪さがどうも残ってしまうのだ。
ライブ配信中に居場所を特定され待ち伏せされたこと
一番ぞっとするのは、ここだ。
女性は歩きながら、配信の中で高田馬場へ近づいていることを伝えていた。
視聴者と同じ時間を共有するための実況だったはずだが、男はその情報を女性へ近づくために使った。
前日の企画予告と当日の配信が、女性を見つける手がかりに変えられてしまった。
ライブ配信の魅力は、配信者と視聴者の距離が近いことにある。
ところが、配信者には画面の向こうに誰がいるのかまでは見えない。
大勢の視聴者の中に、強い恨みを抱いた一人が紛れていても、見分けることは難しいのだ。
駅名、店の看板、移動方向、到着を知らせるひと言。
一つでは居場所がわからない情報でも、リアルタイムで重なると、待ち伏せする側には十分な案内になる。
配信の近さが、そのまま逃げ場のなさへ変わった。
この事件が配信者だけの話ではないように感じられるのは、僕らも同じスマホを毎日使っているからだろう。
上半身を何度も刺した犯行から見えるもの
犯行の激しさも、多くの人を震え上がらせた。
男は倒れた女性に馬乗りになり、頭や顔、首などの上半身を中心に、何度も刃物を振るった。
確認された傷は、少なくとも55か所。
一度の衝動という言葉では受け止めきれない数である。
しかも、だ。
男は女性が動かなくなったあとも撮影し、蹴る行為まで続けたとされている。
公判では、配信者だから顔に傷をつけようという趣旨の考えがあったことも伝えられた。
金を取り戻したいだけなら、顔を狙う理由にはつながらない。
そこに見えるのは、相手を困らせることではなく、その人の存在を壊そうとする執着である。
命だけでなく、女性が大切にしてきたものまで傷つけようとした。
その憎悪は凄まじいものだったのだろう。
長年の執着と金銭トラブルが悲劇につながった経緯
男は2021年末ごろから女性の配信を見るようになり、やがて自分は特別な存在だと感じるほど好意を深めていった。
配信アプリで163万円を使い、さらに生活費などの名目で254万円から255万円ほどを貸したとされる。
しかも、その一部は消費者金融から借りて工面した金だった。
返ってきたのは3万円だけで、男は「だまされた」という思いを強めていったという。
ここには、「懲役20年はなぜ重いと言われるのか」の記事で詳しく触れた金銭問題の苦しさがある。
金を貸した側が裁判まで起こしながら、ほとんど取り戻せなかった経緯へ同情する人がいるのもわかる。
検察も、被害女性側に一定の落ち度があったと指摘している。
自業自得という面もたしかにあったようだ。
そこを伏せれば、なぜ男への同情が生まれたのかも見えなくなってしまう。
ただ、今回あらためて見たいのは、その先で男が何をしたかである。
男には民事訴訟という手段があり、実際に使っていた。
それでも刃物を2本用意し、配信を追って女性を待ち伏せした。
怒りを抱えたままでも、東京へ向かうのをやめる時間はあった。
引き返せる場面を一つずつ通り過ぎた末に、あの路上へたどり着いてしまったのである。
求刑20年は重いのか?内田梨瑚27年と比較される理由
さて、ここから今回の中心である「20年と27年」を考えていきたい。
高田馬場の犯行内容を見れば、20年では軽いと感じるのは不思議ではない。
そこへ内田梨瑚被告の27年という数字が並べば、傷の数が多い事件のほうがなぜ7年も短いのかという疑問も出てくる。
では、本当に同じ物差しで比べられるのだろうか。
「求刑20年でも重い」という意見がある理由
20年でも重いという意見の背景には、男が起訴内容を認め、謝罪の言葉を述べていることがある。
また、事件の前には多額の金銭を貸し、返済を求めて民事訴訟まで起こした経緯があった。
通りすがりの相手を狙った事件ではなく、長く続いた金銭トラブルと、裏切られたという感情が動機の背景にある。
もちろん、検察は犯行を「強い殺意に基づく極めて残虐なもの」と見ている。
被害女性側の落ち度へ触れながらも、復讐は強く非難されるべきだとして20年を求めた。
弁護側が9年を主張していることまで考えると、20年は決して軽く扱った数字ではないという見方になる。
ここで見失いたくないのは、男の苦境を理解することと、刑を軽く見ることは同じではないという点だ。
返されなかった金や裁判後の行き詰まりは、男が抱えた現実として伝える必要がある。
そのうえで、待ち伏せの準備と少なくとも55か所の傷も、同じ裁判の中で評価されることになる。
内田梨瑚27年と比較する声が広がった背景
比較対象になったのは、旭川で17歳の女子高校生が命を奪われた事件である。
内田梨瑚被告らは被害少女を呼び出し、車のトランクへ監禁して暴行したとされる。
橋では服を脱がせ、狭い欄干へ座らせたうえで脅迫や暴行を続け、被害少女は川へ転落して亡くなった。
裁判所は人格と尊厳を踏みにじる極めて残虐で卑劣な犯行だと判断し、内田梨瑚被告へ求刑通り懲役27年を言い渡した。
高田馬場では、単独の男が配信を追って成人女性を待ち伏せし、短い時間に激しい攻撃を加えた。
旭川では、複数人が未成年の被害少女を監禁し、長い時間をかけて恐怖と屈辱を与えた。
どちらも残虐であることに変わりはない。
ただ、「20年は求刑で、27年は判決だから違う」と整理するだけでは、7年差への疑問は消えない。
内田梨瑚被告の事件では、検察が懲役27年を求め、裁判所も求刑通り27年を言い渡した。
一方、高田馬場の事件で検察が相当だと考えた刑は、懲役20年だった。
求刑の段階で、すでに二つの事件には7年の差がついている。
しかも、高田馬場の20年はまだ判決ではなく、実際に言い渡される刑が求刑を下回る可能性もある。
そう考えれば、「少なくとも55か所の傷があり、犯行後も女性の尊厳を傷つけた事件で、なぜ求刑が20年なのか」と引っかかるのは当然だろう。
これは求刑と判決を取り違えた疑問ではない。
判決がさらに短くなる可能性まで考えたうえで、求刑20年の時点から軽いのではないかと感じているのである。
裁判所はどう判断するのか
日本の刑事裁判では、法律が定める刑の範囲内で、事件ごとの事情を総合して刑が決められる。
主に見られる事情を整理すると、次のようになる。
- 犯行方法の残虐さ、計画性、殺意の強さ、被害者の尊厳を傷つける行為があったか
- 犯行の動機や背景に、どの程度くむべき事情があるか
- 被告が起訴内容を認めているか、反省や更生の可能性があるか
- 被害者の年齢や置かれた状況、事件が社会へ与えた影響はどれほどか
- 共犯者がいる場合、誰が主導し、どのような役割を担ったか
高田馬場の事件では、刃物を用意した計画性、配信を使った待ち伏せ、少なくとも55か所の傷、犯行後の撮影などが重い事情になる。
一方で、金銭トラブルの経緯や、起訴内容を認めて謝罪したことも判断材料に含まれる。
旭川の事件では、被害少女が17歳だったこと、複数人による監禁と暴行、服を脱がせて撮影したこと、内田梨瑚被告が主犯格とされたことなどが重く見られた。
こうして並べれば、二つの事件で量刑を決める事情が違うことはわかる。
その違いが、検察の求刑に7年の差をつけた理由の一つなのかもしれない。
そう考えると、求刑20年を軽いと感じる声が出るのも理解できるし、それが単なる感情論だとも思わない。
待ち伏せの計画性、少なくとも55か所の傷、犯行後の行為。
裁判所が求刑通り20年を言い渡すのか、それとも20年を下回る判断をするのかは、まだわからない。
だからこそ判決では、残虐な犯行と金銭トラブルの背景をそれぞれどう評価し、最終的な刑を決めたのかが重要になる。
判決理由を見なければ、7年差への本当の答えも見えてこない。
裁判所は、この高田馬場の事件をどう評価するのだろうか。
7年差を「事件が違う」のひと言で終わらせず、裁判所が示す判断の理由まで見届けたいと思う。
被害女性の遺族や友人たちが、これ以上心を傷つけられることなく、少しでも穏やかな時間を取り戻せるよう願うばかりだ。