結婚後の趣里がかわいそうと同情の声…杏と比べて悲惨と言われる理由
女優の趣里に、いま同情の声が集まっている。
好きな相手(三山凌輝)と結婚して、子どもにも恵まれた。
普通に考えれば、これ以上ないくらいの幸せなはずだ。
それなのに、はたから見ていると、どうにも「これで大丈夫なのか」と心配になってしまう。
そう感じているのが、どうやら僕だけではないらしい。
ネットをのぞくと、彼女を気の毒がる声がずいぶんと目についた。
今回は、この「幸せなはずなのに、なぜか心配になってしまう」という気持ちの正体を解きほぐしていこうと思う。
ネットの噂レベルの話も少し混じるが、そのあたりも含めての考察だ。
趣里の結婚からの1年が大変と話題に
まず、この1年、趣里の身に何が起きたのか。
彼女の立場になって、順を追って振り返ってみたい。
そもそも趣里が夫・三山凌輝と恋に落ちたとき、彼にはすでにいくつもの気がかりな過去があった。
デビュー前のオーディションに参加していたころには、女優・山之内すずとの熱愛が報じられている。
【話題の記事】山之内すず、三山凌輝との3連泊報道を謝罪「本当に申し訳ございませんでした」
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— モデルプレス (@modelpress) May 29, 2021
さらに大きかったのが、交際していた女性経営者・Rちゃんとのトラブルだ。
高級車のローンの肩代わりに、高価な腕時計、毎月のお小遣い。
その女性から、総額1億円ともいわれる支援を受け取っていたと報じられた。
それでいて、別の女性と会っていたことが発覚し、婚約は破棄。
ネットでは「結婚詐欺師」とまで呼ばれる騒動になった。
RちゃんがヒカルのYouTube出てBE:FIRST 三山凌輝にベンツのゲレンデ貢いだ話を詳しくしてたんだけど、買ったのはRちゃんなのに運転させて貰えない、最終的に音信不通になって三山凌輝側の物になったってヤバすぎない…? pic.twitter.com/lGenfn6RZD
— (@nemuridaijin) April 27, 2025
正直なところ、普通ならここで立ち止まってもおかしくない過去である。
それでも趣里は、彼を信じることを選んだ。
「人は変われる、この人は違う」
そう信じたからこそ、結婚に踏み切ったのだろう。
やがて2人は、連名で結婚と妊娠を発表する。
そのメッセージには、「出産までの間、少しでも穏やかな環境で過ごせるように」という一文が添えられていた。
新しい命を授かり、ここから家族の時間を積み重ねていく。
その言葉どおりなら、幸せの本番はこれからのはずだった。
ところが、その穏やかな時間はあっけないほど短かった。
子どもが生まれ、趣里が仕事に復帰したその矢先に夫・三山凌輝の不倫が報じられてしまう。
相手は、いままさに舞台で共演している花乃まりあ。
しかも報道が出たあとも2人の共演は続き、夫はこのあと大阪での公演で、しばらく家を空けるという。
信じて選んだ相手に、一番弱っている時期に裏切られる。
趣里の胸のうちを思うと、かける言葉も見つからない。
ここまでの経緯や、それぞれのトラブルの詳しい中身は、別の記事でさらに掘り下げている。
結婚を発表したときの、「穏やかな環境で」という願い。
それを思い出すほどに、この1年の落差はあまりに大きい。
幸せの絶頂から、真逆の場所まで引きずり降ろされた。
そう見えてしまうのだ。
0歳児と犬3匹を抱えた今の現実
趣里への同情がこれだけ集まっている一番の理由は、彼女がいま置かれている状況の過酷さにある。
0歳の赤ちゃんを抱えた、産後すぐの時期。
ただでさえ、心も体も休まる暇のない毎日だ。
そこへ、夫の不倫報道である。
精神的なショックは、想像するだけでこちらの胸まで重くなる。
そして、話をさらにややこしくしているのが、家庭にいるワンちゃんたちの存在だ。
夫が飼っている犬が、なんと3匹もいるという。
しかも大型犬らしい、という話まで出ている。
0歳児の世話に、大型犬3匹の世話。
これを産後の身ひとつで回すのは、どう考えても限界がある。
ネットでも、この状況を的確に言い当てた声が、かなりの反応を集めていた。
ベビーシッターとペットシッターと両親とマネージャー総動員で負担を減らせるとしても、結局夜間は休めない。肉体的疲労と精神的ショックはどうしようもできない。膨大なセリフは自分で覚えるしかないし、有給で休むのは不可能、友達呼んでオールで飲み明かすこともできない。キツイて
— Bandersnatch005 (@Bandersnatch005) July 22, 2026
そう、まさにこれなのだ。
シッターや家族の手を借りられたとしても、夜中に赤ちゃんが泣けば、結局は起きるしかない。
女優という仕事は、膨大なセリフを自分の頭に叩き込まなければ成り立たない。
風邪をひいたから今日は休みます、というわけにもいかないだろう。
代わりのきかない役割ばかりを、たった一人で背負い込んでいる。
まるで、両手がふさがった状態で、次から次へと用事を言いつけられているようなものだ。
心を休める時間が、どこを探しても見当たらない。
その一方で、当の夫は舞台で相手役と親密なシーンを演じ、このあと大阪へ発つという。
この対比に、多くの人が「おいおい」と言いたくなっているわけである。
そして、相手の花乃まりあも花乃まりあだ。
結婚したばかりで、生まれたばかりの子どももいる相手だと知らなかったはずがない。
それでいて2人は、いまも同じ舞台でラブストーリーを演じ続けている。
いったいどういう神経をしているのだろうと、思わずにはいられない。
杏と比べて負担が段違いに重い理由
この趣里の状況を語るうえで、多くの人が引き合いに出しているのが、女優・杏のケースだ。
杏もまた、元夫・東出昌大の不倫報道をきっかけに離婚を経験している。
だから「似たような境遇」として、2人はよく並べて語られる。
ところが、よくよく見比べてみると、趣里のほうが負担は段違いに重い、という声が多いのだ。
理由は、大きく3つある。
杏は離婚後、東出の犬を引き取ったけど子どもたちはリードを持てる年齢になってた。両親譲りで体が規格外に大きいのもある 趣里は0歳児で大型犬3匹でしょ……?これマジで身動きできないうえに疲労で物事考えられなくなるやつじゃん
— Bandersnatch005 (@Bandersnatch005) July 22, 2026
一つ目は、子どもの年齢だ。
杏の子どもたちは、離婚のときにはもう、自分で犬のリードを持てるくらいには育っていた。
一方の趣里は、まだ首もすわらない0歳児を抱えている。
同じ「子育て中の母」でも、手のかかり方がまるで違う。
二つ目は、犬の世話の重さである。
杏の場合は、子どもたちが散歩を手伝える年頃だった。
だが趣里は、赤ん坊を抱えたまま、大型犬3匹の面倒まで見なければならない。
手が足りないどころの話ではない。
そして三つ目。
杏はすでに離婚という形で、一つの区切りをつけたあとだった。
だが趣里の場合は、まだ夫婦であり、騒動もいままさに進行中なのだ。
終わった痛みと、続いている痛みは、すり減り方がまるで違う。
ただ、ここで一つ、思い出しておきたいことがある。
その杏もまた、当時は「これからどうなるのか」と、まわりから心配された一人だった。
それでも彼女は、時間をかけて、一人の女優として堂々と立ち直っていった。
つらい時期をくぐり抜けた先輩が、すぐ近くにいる。
そのことは、趣里にとって、小さくない支えになるんじゃないかと思う。
同じ痛みを知る人がそばにいるというのは、それだけで心強い。
水谷豊と伊藤蘭は何を思っているのか
趣里といえば、父は俳優の水谷豊、母は歌手の伊藤蘭。
だれもが知る、芸能界きっての一家である。
それだけに、今回の騒動で「あの両親はどう思っているのだろう」と気になっている人も多いようだ。
ネットでは、こんな話も飛び交っている。
そもそも母の伊藤蘭は、この結婚に猛反対していたらしい、と。
娘を思う親として、相手の過去を心配するのは、ごく自然なことだろう。
真偽のほどは分からない。
だが、もしその話が本当なら、いまの展開は、親にとって一番見たくなかった光景かもしれない。
そして、こんな期待の声もあった。
水谷豊さんの力で クソ野郎を芸能界で再起できないようにしてほしいわ
— yuri_des (@yuri_des) July 22, 2026
気持ちは、わからなくもない。
大御所の父親なら、その気になれば何か手を打てるんじゃないか。
そう期待したくなるのも、人情というものだ。
だが、ここに親というものの、切ないほどの無力さがある。
どれだけ名の知れた大物でも、成人した娘の結婚相手を、代わりに決めることはできない。
まして、結婚したあとの夫の行動まで、コントロールできるわけがない。
親にできるのは、せいぜい手を差し伸べることくらいなのだ。
子どもがどんな相手と付き合うか、親が横から口を出しても、結局は本人が決める。
あの、なんとももどかしい感覚に近いのかもしれない。
水谷豊も伊藤蘭も、いまごろ同じ思いを噛みしめているんじゃないだろうか。
心配になってしまう本当の理由
さて、ここで最初の話に戻りたい。
趣里は、好きな人と結婚して、子どもを授かった。
本人からすれば、望んで選んだ幸せなはずだ。
それなのに、なぜ僕らはこうも「心配だ」と感じてしまうのだろうか。
理由を整理してみると、3つの気持ちが重なっているように思う。
一つは、幸せの土台が揺らいで見えること。
結婚の幸せというのは、夫が家庭を大事にしてくれる、という前提の上に成り立っている。
その幸せの前提そのものが、報道によってぐらついて見えてしまった。
二つ目は、負担があまりに大きすぎること。
0歳児と、犬3匹。
どれだけ愛情があっても、体は一つしかない。
愛情でカバーできる範囲を物理的に超えているように見えるのだ。
そして三つ目。
世間はもう、夫の過去のあれこれを知ってしまっている。
「また同じことを繰り返すんじゃないか」という不安が、どうしても拭えないのだ。
一度きりの過ちなら、まだ「魔が差した」で済ませられたかもしれない。
だが、デビュー前のオーディションのころから数えれば、いったい何度目なのだという声まである。
そうなると、もう簡単には割り切れないだろう。
もちろん、本人が実際にどう感じているかは、本人にしか分からない。
外から見て「かわいそう」と決めつけるのも、それはそれで失礼な話ではある。
案外、僕らが思うよりずっとたくましく、毎日を回しているのかもしれない。
ただ、それでも心配になってしまうのは、きっと、その裏側に「幸せであってほしい」という願いがあるからだ。
心配とは、裏を返せば、その人の幸せを願う気持ちなのだ。
好きな人と一緒になって、新しい命を迎えた。
その選択が間違いだったなんて、外野の誰にも言えるものではない。
どうか趣里が、この波乱万丈の1年をくぐり抜けて、いつか穏やかに笑える日が来てほしいと思う。
あの結婚発表のときに願った「穏やかな環境」を、今度こそ手にできるように願っている。