元プロゲーマーで配信者のたぬかなが、第1子の出産を報告した。

予定日より約11週も早い、体重1075グラムでの誕生だった。

その報告に、彼女はこんな一文を添えている。

 

「ホビットのたたりは、あるよ。みんなも口には気をつけよう!」

 

いま、ネットはこの一言をめぐって「因果応報だ」の大合唱になっている。

かつて「身長170ないと、正直人権無いんで」の発言で大炎上した、あの人だからだ。

因果応報というのは『自分がやったことが形を変えて返ってくる』という仏教用語だが、これを表面的な意味で捉えたところで、どうだ?

結局、それは他者を批判する道具になってしまうだけだ。

今回はこの騒動を、少し腰を据えて考えてみたいと思う。

出産報告とホビットのたたり

まずは経緯の整理からいこう。

たぬかなの出産は、決して順調なお産ではなかった。

前置胎盤、前置血管、妊婦糖尿病と合併症が重なり、妊娠後半は管理入院が続いていた。

そして6月21日、入院先での大量出血を受けて、その日のうちに緊急帝王切開となる。

予定日は9月6日ごろ。

およそ11週も早い誕生だった。

これがどれだけ怖くて辛いことかは、出産というライフイベントを経験した親御さんならすぐに理解できる。

 

生まれた女の子の体重は、1075グラム。

1リットルの牛乳パック1本と、ほとんど変わらない重さである。

母子ともに命があっただけで、十分すぎる結果だったと言っていい。

 

それから約1ヶ月後の7月26日、彼女は産後はじめての配信で出産を明かし、同じ日にこう投稿した。

「ホビット」というのは、彼女が低身長の男性をいじるときに使ってきた例の呼び方だ。

あの大炎上の張本人が、自分の子の早産を「ホビットのたたり」と呼んでみせた——この一文が、すべての始まりである。

 

数日後には配信の切り抜きが「これ絶対言ったらアカン!早産児ママへのNGワード」というタイトルで出回り、見出しを見た人たちが押し寄せた。

そして7月30日、本人が投げ返したのがこの投稿である。

これで完全に火に油を注いでしまった。

「自業自得やから好きに言え」と本人が言い、世間はお言葉に甘えて好きに言っている——というのが現在の構図だ。

火付けの常習犯が防火の呼びかけを始めたようなものだから、荒れないほうがおかしいのである。

ただ、怒りの中身をよく見ていくと、切り抜きの見出しだけの話ではない。

本体はもっと根が深い。

『ホビットも誰かの子』が燃料となった理由

まず、彼女の過去を知らない人のために、これまでの経緯を振り返っておく。

2022年2月、配信中に出たのが例の「身長170ないと、正直人権無いんで」である。

この発言からわずか2日で所属プロゲーミングチームとの契約解除となり、彼女は表舞台からいったん消えた。

約1年後に配信へ復帰するのだが、2023年の配信では弱者男性をめぐる流れで「ガス室」という言葉まで飛び出し、翌年の春にはスポンサー契約をまた失っているという。

ここは正直、フォローのしようがない。

懲りたのか懲りてないのか、よくわからない人だ。

 

そこへ、今回の「早産児ママへのNGワード」である。

散々人の身体をいじってきた人が、今度は「言葉に気をつけろ」と言い出したわけだ。

怒りに火がつくのも無理はない。

今回の騒動でいちばん大きく広がったのは、こんな声だった。

これは悪口の類いではない。

ど真ん中の正論である。

彼女が「早産のお母さんを傷つけるな」と言うのなら、かつて彼女が「ホビット」とからかった男性たちにも、ひとりずつ母親がいる

その中には、我が子を小さく産んだことを長く気に病んできたお母さんも、当然いたはずなのだ。

 

実際、早産で生まれた息子の身長を心配している友人が、彼女の過去の発言で自分を責めていた——という投稿もあった。

これが事実なら、人を傷つけているのは切り抜きの見出しではない。

過去の発言そのものである。

こういう声の前では、「配信の中身を見ろ」という反論はどうしても分が悪い。

 

では、この騒動は「因果応報だから仕方ない」で片づけて終わりでいいのか。

僕が引っかかったのは、ここから先だった。

報いを最初に認めたのは本人だった

もう一度、7月26日の報告文に戻る。

引っかかるのは、順番である。

世間が「因果応報だ」と騒ぎ始めたのは、切り抜きが出回ってからだ。

つまり、罰を求める声が集まるより先に、本人が「たたりはあるよ」と自分から書いてしまっている。

罰を望んだ人たちが駆けつけたときには、当人がとっくに罪状を読み上げ終わっていたのである。

これを、開き直りと見るか。

それとも、覚悟と見るのか。

 

発端になった配信で、彼女は「早産児ママへのNGワード」についてこう語っていたという。

自分はもう平気だが、他の早産のお母さんには「小さいね」系の言葉を絶対に言ってはいけない。

泣いてしまうから、かける言葉は「おめでとう」だけでいい

29週・1075グラムを実際に経験した人間の言葉だから、そこには彼女なりに深い思いがあったのかもしれない。

問題の「私に言うのはいい」にしても、「弾は全部こっちへ向けていいからこの経験を共有したい」と言っているようにも聞こえる。

どちらに聞こえるかは、たぶん、聞く側が元々持っていた彼女への印象や出産経験のあるなしで決まってしまうのだろう。

でもそれは、誰が良い悪いの話では決してない。

 

そしてもうひとつ、あの報告文の妙な明るさである。

1075グラムの緊急出産なんて、本当は泣き言をいくら並べてもいい場面だ。

実際の配信では「現代医療がない時代だったら死んでました。現代医療最高です」と笑いに変えつつ、産後2週間は何もできなかった、メンタルは炎上したときの比じゃなかった、とも明かしているらしい。

それでも表向きの第一声は、「たたりはあるよ」の軽口だった。

重たい話ほど、周りに心配をかけないよう、わざと明るく話す人がいるが、おそらくたぬかなもその類の強がりに見えなくもない。

その4日後の彼女の投稿が、これだ。

出産を経験した先輩のお母さんたちに「来て」と呼びかけているところを見ると、初めての育児で聞きたいことが色々とあったのだろう。

なんのことはない、そこには新米の母がひとりいるだけだったのだ。

あの毒舌にシンパシーが集まる理由

たぬかなの芸風をひとことで言えば、『言いにくい感情の代弁』だと僕は見ている。

嫉妬、僻み、見栄、そしてカネの話。

人間なら誰でも腹の中に飼っているくせに、口に出したら負けのようになっている感情を、彼女は先回りして、下品なくらい正確に言葉にしてしまう。

だから、彼女の『村』の中では「よくぞ言ってくれた」になる。

彼女の配信に集まる人たちの目当ては、たぶんこの気持ちよさである。

 

ただし、この芸は輪の外に出た瞬間に意味を変える。

教室の中の身内の笑いが、輪の外では凶器になることもあるからだ。

切り抜きというのは、よくも悪くもスピーカーなのである。

もっとも、世間の目は手厳しい。

わからなくもない。

多くの人にとって、彼女の信用残高はとっくの昔にマイナスだからだ。

 

実際、2022年の炎上で彼女は仕事をほぼすべて失った。

本人がのちのインタビューで明かしたところによると、契約解除の翌日、知り合いのゲーマーに勧められて出向いた面接が、AVプロダクションの面接だったという。

提示された金額は、1〜2本で5000万円

彼女は断った。

弱り目に祟り目という言葉があるが、人が転んだときにすかさず手のひらを返す手合いが近くにいると、なかなかキツい。

 

そんなどん底から、彼女は配信の世界へ戻ってきた。

戻ってからも順風満帆ではなかったのは、先に書いたとおりだ。

それでも配信を続けて、去年の秋には「実は4年前から結婚してました」と明かし、そして今年、母になったそうだ。

言葉で人を傷つけた過去を背負ったまま表舞台に立つ人を、僕らはこれまでもたくさん見てきたが、今回のたぬかなの件は色々と考えさせられるものがある。

子供が親を育てるという話

最後に、いまわかっている母子の様子を書いておく。

娘さんはNICUで治療を続けながら、体重が1400グラム前後まで増え、いまのところ後遺症もなく育っているという。

1075グラムで生まれた命が、ひと月あまりで300グラム以上も増えたことになる。

まずはこの事実に、ほっとした人が多いはずだ。

 

身長をいじって笑いを取ってきた人が、1075グラムの我が子を抱いた日から、かける言葉は「おめでとう」だけでいいと言うようになった

もちろん、この変化で過去に傷つけた人の痛みが帳消しになるわけではない。

謝るべき人たちに謝る宿題も、残ったままである。

散々言葉で人を煽ってきた本人の口から出る「口には気をつけよう」は、たしかに説得力に欠ける。

しかし、彼女がこの先、本当の意味で変わってみせたとき、その言葉は誰よりも重みのあるものに変わるのではないだろうか。

『子供が親を育てる』という古い言葉がある

1075グラムで生まれた子供が、あの口の悪い母親を優しいお母さんに育ててしまうのかもしれないと、僕は少しそこに期待している。