7月28日の令和8年熊本地震から約1時間20分後、熊本県嘉島町(かしままち)のイオンモール熊本で、大きな爆発が起きた。

買い物客およそ3000人は、全員無事だった。

一方で、亡くなった7人は全員がテナントで働く従業員だった。

そして爆発の原因とみられるLPガスの大元のタンクは、無傷のまま残っていたという。

  • タンクが無事なのに、なぜガスは漏れたのか
  • なぜ、従業員だけが亡くなったのか
  • 責任は問われないのか、防げなかったのか

調べるほどに疑問が増えていく事故である。

今回は、この爆発に残された疑問を、僕なりに順番にほどいていこうと思う。

原因は調査中のため、一部は報道をもとにした考察を含むことは先に断っておく。

タンクは無傷だったという謎

まず、いちばん根っこの疑問からいこう。

イオンモール熊本は都市ガスが通っていない地域にあり、敷地内の大型タンクにLPガスをためて、配管で館内の飲食店などへ送っていた

最大9トンあまりのガスをためられる大型タンクだと報じられている。

爆発の直後、誰もが最初に疑ったのはこのタンクだった。

ところが、経済産業省の会見によると、タンクは破損せずに残っていたというのだ。

これには驚いた。

大元が無事なら、あの爆発を起こした大量のガスは、いったいどこから漏れたのか。

 

国の見立てはこうだ。

ガス漏れによる爆発だとすれば、配管に何らかの問題が起きた可能性がある、と。

つまり、守るべき『点』は無事で、疑われているのはタンクから各店へ延びる長い『線』のほうということになる。

家で言えば、元栓はきちんと締まっていたのに、コンロまでのホースに穴が開いていた——構造としてはそういう話だ。

巨大なモールの配管は地下を通り、壁や天井裏を巡り、枝分かれしながら延びていく。

震度7の揺れで建物がきしめば、その継ぎ目のどこかが壊れてもおかしくない。

 

LPガスの設備には、大きな地震を感知すると自動でガスを止める装置の設置が義務づけられている。

今回、その装置が正しく働いたのかどうかが調査の焦点のひとつだという。

ネットでも、この発表の意味を読み解く声が出ていた。

タンクという『点』の無事が確認されたことで、調べる先は『線』へ移った。

ただ、謎は場所だけではない。

なぜ爆発は、地震の直後ではなく「1時間20分後」だったのか。

不自然な爆発と言われる理由

ネットでは、この爆発を「不自然だ」と見る声がいまも多い。

LPガスで、建物の壁が吹き飛ぶほどの爆発になるのか。

それなのに、なぜ火事にならなかったのか。

疑いの目で見たくなるのも無理はない。

ガス爆発と聞いて僕らが思い浮かべるのは、火柱と黒煙だからだ。

ところが今回は、あれだけの破壊のわりに火の手はほとんど上がっていない

たしかに、絵として不自然なのだ。

 

ただ、調べていくと、この「不自然」の多くは物理で説明がつくらしい。

ポイントは、LPガスが空気より重いという性質である。

漏れたガスは上に逃げず、低いところへ流れて、静かにたまっていく。

 

しかも、ガスは濃すぎても薄すぎても燃えない

ちょうど燃える濃さの幅がかなり狭いため、少しずつ漏れた場合は、時間をかけてじわじわと「爆発できる状態」に近づいていくことになる。

 

専門家の間でも、相当な量のガスが時間をかけて滞留したとみられている。

あの1時間20分は、その物理の時間だったのかもしれない。

揺れが収まって落ち着いたように見えた時間は、台風の目の中の晴れ間のようなものだった、ということだ。

そして広い空間にたまったガスが一気に燃え尽きると、燃え広がる火事にならないことがあるという。

火の手が見えないことは、むしろガス爆発と矛盾しないというわけだ。

 

もっとも、それでも残る疑問はある。

空気より重いはずのガスが、なぜ2階で爆発したのか。

ネットには、屋上の設備や配管の経路から流れ込んだのではないかと推理する検証も出ているが、正確な経路はまだ分かっていない。

白と言い切る材料も、黒と言い切る材料も、外側にはまだ転がっていないというのが現在の状況だ。

そして、この事故の謎は、装置や配管だけではなかった。

なぜあのとき館内に人がいたのか、という疑問である。

従業員が戻った本当の事情

ここからは、人の話になる。

地震の直後、モールの従業員たちは館内放送と巡回で、およそ3000人の買い物客を約30分で外へ出し切っている

ネットでは、この避難誘導に「優秀すぎる」と称賛の声が上がっていたほどだ。

まず、この仕事ぶりには頭が下がる。

買い物客に犠牲が出なかったのは、この30分があったからだ。

 

ところが、爆発が起きた午後5時50分ごろ、館内には少なくとも8人のテナント従業員がいたと報じられている。

一度避難したのに、なぜ戻ったのか。

報道で伝えられている事情は、拍子抜けするほど普通のことだった。

財布もスマホも車の鍵も、店の奥やロッカーの中にある。

だから、戻る理由は誰にでもあった。

  • 車の鍵がなければ、家に帰れない
  • スマホがなければ、家族に無事を伝えられない
  • レジのお金を、出しっぱなしにはできない

ちゃんとそれぞれに事情があったのだ。

戻って荷物を取り、外に出たわずか2分後に爆発が起きた——そう証言する従業員もいたという。

2分。

生死を分けたのは、それだけの時間だった。

 

一方で、ネットには「ルール違反ではないか」という声もある。

実際、イオン側の会見によると、マニュアルには「一度避難したら戻らない」と定められていたという。

ルールは紙の上では完璧だった。

それでも現実には戻れてしまった。

 

では、戻ろうと思った人を責められるかというと、どうにもそういう気持ちにはなれない。

地震から1時間。

外はまだ明るく、建物は一見いつも通りに立っている。

あの時点で爆発を予見できた人は、どこにもいなかったのだ。

ネットでも、この点をめぐって声が割れていた。

爆発を知ったいまなら、誰でも「戻るな」と言える。

それは後出しの答えである。

ただ——「自分の判断で戻った」とは言い切れない話が、ここから出てくる。

『会社は真実を』母親の訴え

亡くなった7人の中に、22歳の女性店員がいた。

報道によると、彼女は地震のあと、一度はきちんと外へ避難している。

そこで偶然、親戚と会った。

その親戚に、彼女はこう言い残したという。

「金庫にお金を入れないといけないと言われたので戻る」

親戚は止めた。

それでも彼女は、同僚とともに館内へ戻っていった。

そのあとに、あの爆発が起きている。

 

母親は取材にこう訴えた。

「入金のために、お金のために…。会社には真実をはっきり話してほしい」

そして、勤め先の運営会社は、取材を断っているという。

もし本当に、売上金を金庫へ入れるために戻るよう言われていたのだとしたら。

売上金は、明日でも数えられる。

命は、戻らない。

怒りの声がネットにあふれているのも、当然だと思う。

ひとつだけ、書き添えておきたいことがある。

亡くなった7人のうち3人は、同じ大手アパレルの店の従業員だったと報じられている。

ただ、「金庫」の証言があった女性は、それとはまた別の店の人だという。

どの会社の話かも確定していない段階で、憶測で名指しされた会社が責められる流れになるなら、それは筋が違う。

 

いま言えるのは、この事故の責任の絵が、二つの問いで決まるということだ。

  1. ガスを止める装置は、働いたのか
  2. 従業員が戻ったのは、自主的な判断か、業務の指示か

前者は国の調査が、後者は警察などの調べが、これから明らかにしていくことになる。

逆に言えば、この二つが分かれば、怒りの宛先ははっきりする

答え合わせを急ぐより、まずこの二つがどう確定するのかを見届けたい。

うやむやにされない限り、である。

そしてもう一つ。

そもそもこの爆発は、防げなかったのだろうか。

本当に防げなかったのか

実は、日本のガス爆発事故は、昔に比べて劇的に減ってきている。

1970年、大阪の天六で起きた地下鉄工事現場のガス爆発では、79人が亡くなった。

1980年には静岡駅前で15人、1983年には静岡・つま恋で14人。

大きな犠牲が出るたびにルールと装置が増え、ガス事故は減り続けてきたのである。

いまでは家庭のガスメーターに、大きな揺れを感知すると自動でガスを止める機能がほぼ100%備わっている。

安全のルールは、いつも大きな事故のあとに書き足されてきたのだ。

 

ネットにも、あの日の光景から半世紀前の事故を思い出した人がいた。

つまり今回の爆発は、対策をサボっていた時代の事故ではない。

対策が積み上がり、事故が減り続けてきた時代に、それでも起きてしまったのである。

 

ここが、いちばん重い。

家庭サイズの安全は、ほぼ完成していた。

ただ、街のように巨大な施設の長い配管網と、「避難した人が戻ってくる」という人間の動きまでは、いまのルールが追いついていなかったのかもしれない。

今回の調査で分かることは、おそらく全国の似たような大型施設の点検項目に変わっていく。

防げなかったのかという問いの答えは、「今回は防げなかった。ただ、次は防げるかもしれない」になるのだろう。

 

正直、うちの近所のモールを思い浮かべて、少しゾッとした。

僕もこれだけは覚えておこうと思う。

避難したら、戻らない。

物は、命の代わりにならない。

最後に、もう一度だけ数字を並べてみよう。

買い物客およそ3000人は、誰ひとり欠けることなく家へ帰った。

それは、当たり前の風景ではない。

先に客を外へ出す側だった人たちが、いちばん危険な場所に残った結果なのだ。

この爆発の「なぜ」が最後まで解き明かされ、あの母親の前で真実が語られることを願うばかりだ。

亡くなった7人の方々のご冥福を、心よりお祈りする。

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