『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』が、この夏の劇場をかっさらっている。

僕もすでに観てきたし、なんならこのブログでちいかわの記事を書くのはこれで4本目だ。

我ながら、どれだけ気に入ったんだという話である。

 

今回のテーマは、タイトルにもなっている「人魚」。

結論から言うと、あの人魚の元ネタは、日本に千年近く伝わる「八百比丘尼(やおびくに)」という言い伝えだと言われている。

人魚の肉を食べて、800年生きた娘の話だ。

今回もネタバレなしで、知ってから観ると10倍楽しめる人魚の話を紹介していこうと思う。

あの人魚、ただのマスコットではない

まず、映画に出てくる人魚の話から始めたい。

ちいかわの世界の人魚は、僕らがイメージする「上半身が美女で下半身が魚」という、あの姿とはだいぶ違う。

サイズはちいかわたちと同じくらいの小ささで、見た目は文句なしにかわいい。

ただ、言葉は話さず、歌う。

そして単独では行動せず、セイレーンというひと回りもふた回りも大きな存在とセットで動くのだ。

 

このセイレーンがまた面白い。

名前はギリシャ神話の海の怪物からきているのに、姿は日本の人魚伝承寄りのデザインなのである。

歌で船乗りを惑わせてきた西洋の怪物の名前を持ちながら、顔は困り眉でかわいい。

洋風の名刺を持った、和風の妖怪。

原作者ナガノのキャラクター造形は、こういうところが本当に油断ならない。

これが劇場で歌っているセイレーンである。

この見た目で、公式の紹介文には「島民たちを襲っている」と書いてあるのだから穏やかではない。

 

しかも、この歌がただの鼻歌ではない。

セイレーンと人魚の歌には特別な力があるという設定で、映画では音楽の聴きどころのひとつになっている。

サントラ全52曲のうち11曲に歌声が入っているというのだから、もはや準主役級の扱いだ。

 

動物園のカバがのんびり屋に見えて実はライオンより人を襲っている猛獣であるのと同じで、この島の住人たちも見た目のかわいさと中身の格がまるで一致していない

かわいいから安心、という僕らの思い込みのほうが試されているわけだ。

 

では、日本の人魚伝承とはいったい何なのか。

ここからが本題だ。

人魚の肉を食べた娘は800年生きた

そもそも、日本の人魚の歴史はやたらと古い。

日本最古の人魚の記録は『日本書紀』にあるとされていて、聖徳太子が活躍していた時代、いまの滋賀県のあたりの川に「人でも魚でもないもの」が現れたと書かれている。

西暦でいうと619年。

1400年以上前の国の正式な歴史書に人魚が載っているのだ。

 

その人魚の言い伝えの中でも、頂点に立つのが八百比丘尼(やおびくに)である。

だいたいこんな筋だ。

 

昔、ある男が不思議な宴に招かれた。

招かれた先は竜宮のような異界の屋敷だったり、謎の長者の宴だったりと、土地によって細部は違う。

ただ、どの土地の話でも共通して、膳の中に一皿、人の顔をした魚の料理が出てくる。

さすがに気味が悪くて手を付けず、男はこっそり土産に持ち帰った。

 

それを、事情を知らない娘が食べてしまう。

これが人魚の肉だった。

 

娘はその日から、まったく年を取らなくなった

周りが老いていくなかで、自分だけが若い娘の姿のまま残されていく。

いつまでも肌が白く美しいままだったので、「白比丘尼(しらびくに)」とも呼ばれたそうだ。

夫が先に逝き、友人が逝き、やがて娘は耐えかねて出家した。

比丘尼というのは尼さんのことで、彼女は尼となって全国を旅し、行く先々で椿を植えたと伝えられている。

そして最後は若狭、いまの福井県にたどり着き、800歳で生涯を閉じたという。

「八百比丘尼」という名前は、この800歳からきているのだ。

 

800年という時間を、ちょっと想像してみてほしい。

800年前といえば鎌倉時代である。

源頼朝と同じ時代に生まれた娘が、そのままの顔でスマホをいじる現代人の隣に座っている——それくらいの時間だ。

周りの人間が丸ごと入れ替わるのを、10回も20回も見送り続ける勘定になる。

長生きどころの騒ぎではない。

 

そして、この言い伝えには妙なところがある。

永遠の命という、人類の夢のような話のはずなのに幸福な要素がひとつもないのだ。

ご褒美ではなく、限りなく罰に近い何かとして描かれている

日本の昔話は、「死なないこと」をポジティブなものとして捉えていないのである。

この昔話、聖地が福井に実在する

ここまでなら、よくできた昔話で終わる。

ところが八百比丘尼(やおびくに)には続きがあって、この話、聖地が実在するのだ。

 

福井県小浜市の空印寺というお寺に、「八百比丘尼入定の洞穴」が残っている

入定というのは、修行を極めた者が最期を迎えることを指す仏教の言葉で、要するに、800年を生きた尼が最後に籠もったとされる洞穴である。

いまでもお参りする人が絶えないそうだ。

しかも、ご利益は健康長寿。

永遠の命に苦しんだ人のところへ、長生きをお願いしに行くわけだ。

いやはや…。

浦島太郎の玉手箱が実在のお寺に保管されている、と言われたときのような妙な生々しさ。

昔話と現実の距離が、この伝説だけ異様に身近な存在として残っているのである。

 

物量もすごい。

八百比丘尼の言い伝えは、確認されているだけで全国28都県・121ヶ所に残っているという。

北海道と九州の南のほうを除けば、ほぼ日本全国だ。

とくに濃いのが、福井・石川・新潟といった日本海側である。

昔の日本海は北前船という商船が行き交う海の大動脈だったから、この言い伝えも船乗りたちと一緒に港から港へ運ばれていったのではないか、という見方があるらしい。

昔話が船に乗って日本中を旅していたと考えると、なかなかロマンもある。

 

ちなみに、生まれた場所については愛知県の春日井市だという伝承もある。

そして面白いことに、いま映画を観た人たちの間では「劇中に愛知っぽい要素がやたら多い」という話でネットがざわついているのだ。

八百比丘尼の生まれ故郷説まで重なってくると、偶然と片付けるほうが難しい気がしてくる。

本当に狙って仕込んであるのかどうか、こういう深読みも元ネタ探しの楽しみのうちだ。

 

極めつけは、室町時代の記録である。

1449年、京の都に「白比丘尼(しらびくに)」と名乗る尼が現れ、一目見ようと人が押し寄せたという記述が、当時の公家の日記に残っている。

ある日記には200歳、別の記録には800歳と書かれていて、年齢からしてすでに証言が食い違っているのがまた味わい深い。

しかも見物料を取っていて、お金持ちからは銭100枚、庶民からは10枚だったというから恐れ入る。

800歳を名乗る見世物興行、料金プランは2段階。

人間のやることは、室町時代から大して変わっていないのだ。

日本の作り手はこの言い伝えに戻ってくる

そして、この鉱脈を掘り当てたのは、ちいかわが最初ではない。

日本の作り手たちは、昔からこの言い伝えに何度も戻ってきている。

 

手塚治虫の『火の鳥』は、その血を飲めば永遠の命が手に入るという伝説の鳥をめぐって、不老不死を求める人間の業を描き続けた大作だった。

『うる星やつら』や『犬夜叉』で知られる高橋留美子には『人魚の森』をはじめとする人魚シリーズがあって、こちらはまさに、人魚の肉を食べて死ねなくなった者たちの物語である。

『SIREN』というホラーゲームの傑作も、八百比丘尼の伝説がモチーフだと言われている。

ジャンルも時代もバラバラなのに、たどっていくと同じ言い伝えに行き着くのだ。

 

なぜ、こんなにも人魚伝説へと戻ってくるのか。

たぶん、日本人の感性のどこかに「不老不死はご褒美ではない」という感覚が染み付いているからだと思う。

西洋のおとぎ話なら、永遠の命は追い求める宝であることが多い。

不老不死の薬を探し求める王様の伝説や、若返りの泉の探検譚など、向こうは基本的に「欲しくてたまらない」側の物語となるが、日本の昔話では、それは大切な人を全員見送る刑になるわけだ。

かわいいキャラクターの映画が、日本最重量級の言い伝えを正面から拾いにいったのはなかなか興味深いではないか。

人魚が現れると悪いことが起きる

最後にもうひとつ、夏らしい怖い話を仕込んでおきたい。

実は日本の古記録には、人魚のもうひとつの顔が残されている。

人魚が現れるのは、兵乱や凶事の前触れ——つまり凶兆だという扱いである。

思えば、最初に紹介した『日本書紀』の人魚も、めでたい出来事としては書かれていない。

 

有名なのは、鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』にある宝治元年、西暦でいうと1247年の記述だ。

津軽の浜に「人の死体のような大魚」が打ち上がり、同じ頃、鎌倉の由比ヶ浜では潮が血のように赤く染まったと記録されている。

そしてその年、幕府を二分する宝治合戦という大きな戦が実際に起きた。

沖縄の八重山には、1771年の明和の大津波にまつわる「津波を予言した物言う魚」の伝承が、いまも残っているそうだ。

 

江戸時代になると、この凶兆はさらに進化する。

「災いが来るが、絵を見れば難を逃れられる」と、回避策までセットで告げる予言獣が現れるのだ。

その代表格が、コロナ禍で一躍有名になったアマビエである。

1846年、肥後、いまの熊本の海に現れて「豊作は続くが疫病も流行る——私の姿を描いて人々に見せよ」と告げて消えたとされる、半人半魚の存在だ。

そして2020年。

疫病の不安に包まれた僕らは、本当にアマビエの絵を描いてSNSで拡散し、厚生労働省まで啓発アイコンに採用した。

170年以上前の「描いて見せよ」という指示を、令和の日本中が忠実に実行したことになる。

 

要するに、昔の日本人にとって人魚は、かわいいどころか「出たら身構えるもの」だったのである。

 

そして、ここからが本題の怖い話だ。

ネットには、こんな符合を指摘する声がある。

読んだ瞬間、背筋が冷たくなる話だが、もちろん投稿の主も言っているとおり、これはただの偶然だ。

深海魚の漂着と地震の関係を調べた研究でも、統計的な関連はないという結果が出ている。

 

ただ、こうも思うのだ。

海の異変を「凶兆」と呼んで語り継いだ昔の人は、迷信深かったわけではなく、津波や戦乱の記憶を後の世代へ残そうとしていたのではないだろうか。

「人魚が出たら気をつけろ」という言い伝えは、いわば災害の記憶を千年先へ運ぶための警報装置だったのかもしれない。

実際、アマビエのときは、絵の拡散という形でこの装置が本当に動いたという見方もできる。

かわいい映画のおかげで、その人魚がいままた全国区になっている。

眠っていた警報装置に、期せずしてもう一度電源が入った——と考えるのは、さすがに出来すぎだろうか。

知っている人は別の映画を観ている

さて、八百比丘尼(やおびくに)を知ってから劇場へ行くと、何が起きるのか。

ネットの感想を眺めていると、面白い現象が起きている。

まず、知っていた側の声がこちらだ。

これが、予習済み勢の余裕である。

 

一方で、何も知らずに行った側の声はこんな感じ。

令和の真夏の怪談。

せっかく楽しむなら予習しておいて損はない。

面白いのは、落ち着いていた側も悲鳴を上げた側も、そろって「いい映画だった」と言っている点である。

驚かされても満足、備えていても満足なのだから、作りの太さが伺えるというものだ。

 

公式は、ちいかわをほとんど知らなくても楽しめる作りだと言っているし、実際に観てきた僕も、そこは保証したい。

ただ、八百比丘尼を知ってから観ると、見え方が変わる場面がいくつもある。

序盤の何気ないやり取り、島に流れる歌の響き方、住人たちのふとした表情。

何も知らなければ通り過ぎてしまう場面が、千年の言い伝えを背負った場面として迫ってくるはずだ。

10倍楽しめるかどうかまでは保証しかねるが、少なくとも人魚の顔つきがこれまでとは違って見えると思う(言い過ぎ?)。

 

ちなみに、映画を観たあとにもっと深掘りしたくなった人には、原作という手もある。

映画の元になったのはちいかわ史上最長の長編エピソードで、単行本の第8巻にまるごと収録されているのだ。

映画がどこを膨らませて、どこを音で語ったのか。

答え合わせをするような読み方ができて、これがまた楽しい。

 

千年近く語り継がれてきた言い伝えが、令和を代表するかわいいキャラクターの姿を借りて、また次の世代へ手渡されようとしている。

考えてみれば、人魚の肉なんて食べなくても、物語というやつは不老不死なのだ。

この夏、その現場に立ち会ってみるのも悪くないのかもしれない。

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