ハビタの謝罪に納得できない理由…無事を知った後に戻らせた電話
8月2日の夜、22歳の女性店員の通夜が営まれた。
その席に、勤め先だった雑貨店「ハビタ」の社長と幹部が姿を見せている。
遺族に頭を下げ、経緯をまとめた書面を渡したという。
そして会社は、報道の取材にも初めて応じた。
売上金を金庫へ移すため、一度避難した従業員に館内へ戻るよう指示した——その事実を、公式に認めたのである。
沈黙は、終わった。
ところが、怒りは収まっていない。
むしろ謝罪のあとになって、炎上は激しくなっている。
理由はおそらく、彼女が最後に残した一言がなければ、この話は表に出ないまま終わっていたかもしれないと考えられるからだ。
そしてもう一つ。
会社が明かした経緯には、2人の無事を確認したうえで、もう一度かけた電話があった。
今回は、そこを一つずつ見ていきたい。
捜査と調査は続いている段階で、一部は報道と証言をもとにした考察を含むことは先に断っておく。
無事の確認から40分後
まず、会社が認めた中身から見ていこう。
地震のあと、営業部長はまず店舗へ電話をかけている。
3度かけて、誰も出なかったという。
そのころ2人は、お客さんの避難誘導を終えて、駐車場まで退避していた。
電話に出られなかったのは、自分の仕事をしていたからである。
午後5時10分ごろ、営業部長は今度、その日休みだった店長へつないだ。
そこで2人はすでに避難していて無事だと分かっている。
問題は、そのあとだ。
モールが休業になるという連絡を受けて、営業部長はもう一度、店長へ電話をかけた。
伝えた言葉は、報道によればこうだ。
「もし戻れるのであれば売上金を金庫に保管してほしい。無理なら可能な範囲で」
店長はそれを、外へ避難していた2人へ伝えた。
そして2人は館内へ戻り、帰ってこなかった。
もう一度、順番を確かめたい。
無事だと分かったのが先で、戻ってくれと頼んだのが後である。
安全な場所にいると知ったうえで、あの建物へ向かわせる電話をかけたことになる。
無事の確認から、爆発まで40分。
その40分の使い道が、二つの家庭を壊した。
ここで初めて分かったこともある。
あの日ハビタから亡くなったのは、1人ではない。
戻った2人がそろって命を落としているのだ。
もう1人は、報道によれば25歳の契約社員の女性だという。
店は2階、目指す金庫は1階にあった。
売上金を持って、フロアをまたいで移動する道のりである。
午後5時35分ごろに戻ったとみられ、その15分ほどあとに爆発が起きたとされる。
営業部長は、取材にこう語ったと報じられている。
「私が売上金の話を出さなければ、今回のことはなかった」
「命に代えるものではなかった」
「痛恨の極み」
この言葉だけを読めば、悔やんでいる人の言葉に見える。
会社が事実を認めたこと自体も、遅かったとはいえ前進ではある。
【熊本震度7】イオンモール熊本爆発で従業員2人死亡 ハビタ社長が「売上金戻して」指示認め謝罪 nishinippon.co.jp/item/1522845/ #西日本新聞
— 西日本新聞me | 福岡ニュース (@nishinippon_dsg) August 2, 2026
それなのに、なぜここまで反発が広がったのか。
この謝罪が出てくるまでの経緯に、理由がある。
あの一言がなければ終わっていた
怒りに火をつけたのは、ここだ。
報道によると、会社は当初、遺族にこう説明していたという。
従業員のほうから「荷物を取りに行きたい」と言われた、と。
売上金の話は、そこには出てこない。
これを聞いた遺族が問いただし、あとになって「売上金の指示が先だった」という説明へ変わった。
会社側は、情報が錯綜して思い込んでいた、という趣旨の釈明をしている。
正直、この経緯を読んだときは背筋が寒くなった。
順番がひとつ入れ替わるだけで、話がまるごと別のものになるからだ。
- 本人が戻りたがったのなら、不運な事故になる
- 会社が戻したのなら、防げたはずの人災になる
ここで、ひとつ考えてみたい。
もし彼女が、あの日なにも言い残していなかったら、どうなっていただろうか。
地震のあと、彼女はいったん駐車場まで避難している。
そこで買い物に来ていたおばといとこに、たまたま出くわした。
そして「会社の人から頼まれた」と言い残して、店へ戻っていった。
この偶然がなければ、どうだったのだろう。
爆発のあと、遺族の手元に残るのは「娘が館内で亡くなった」という事実だけである。
なぜ戻ったのかを知る人は、どこにもいない。
そこへ会社から「本人が荷物を取りに行きたいと言ったので」と説明されたら、遺族に反論する材料はひとつも残っていなかった。
2人は「自分の判断で戻った従業員」として処理されていたはずだ。
そんな都合よくいくものか、と思うかもしれない。
ただ、この1週間の会社の動きを並べると、そう言い切れなくなる。
- 声明を出さなかった
- 報道の取材を断り続けた
- 公式サイトが見られなくなったと指摘された
- 親会社の一覧から、社名とリンクが消えた
どれも、事実を明かす方向の動きではない。
そして極めつけが、遺族への最初の説明である。
もう一つ、8月2日という日の動きも引っかかる。
昼、グループのサイトから会社の名前が消えていたことが確認されている。
その日の夜、同じ会社の社長が通夜の席に現れた。
名前を消した日に、頭を下げに来たことになる。
イオン爆発で女性従業員死亡「売上金を金庫に」指示認め謝罪 遺族は「話すりかえないで」(KKT熊本県民テレビ) news.yahoo.co.jp/articles/cf03d… ハビタ側に言い訳の余地無し。
— 大場礼 (@hatugenchu) August 2, 2026
謝罪の場で、遺族が「話すりかえないで」と言ったのは、この経緯があるからだ。
頭を下げられても、その口が最初に違う話をしていた。
素直に受け取れないのは、当然だと思う。
あの謝罪は、自分から進み出てきたものではない。
逃げ切れなくなって、出てきたものに見えてしまう。
会社が沈黙し、社名まで消えていた時期の話は、前回の記事にまとめている。
他の3店舗にも同じ指示が
もう一つ、見過ごせない事実が出てきた。
売上金を金庫へ入れるようにという指示は、この店だけに出されたものではなかった。
会社は取材に対して、熊本県内のほかの3店舗にも同じ指示を出していたと認めている。
営業部長の言葉は、こうだ。
「もし許可が出ているのであれば、金庫に入れてほしいという指示を出しました」
この3店舗では施設の許可が得られ、売上金を回収して誰も巻き込まれていない。
会社の側に立てば、これは「特別なことをしたわけではない」という材料になる。
いつもの手順を、いつも通りに回しただけ。
現に3店舗は無事だった、と。
ただ、僕にはむしろ逆に見えた。
同じ電話が何本もかかっていて、そのうちの1本だけが最悪の結果になったということだからだ。
つまり、あの日の生死を分けたのは運だったということになる。
店の場所、入れた入口、戻った時刻。
そんなもので命が振り分けられてよかったはずがない。
それに、これで「現場の暴走だった」という逃げ道は消えた。
1店舗なら、一人の判断ミスで説明がついたかもしれない。
4店舗に同じ指示が飛んでいたのなら、それは会社としての判断である。
他店舗にも同様の指示してたってどうしようもない会社やな。。 多分、不買運動起こって潰れるなこの会社。。 "イオン爆発で女性従業員死亡「売上金を金庫に」指示認め謝罪 遺族は「話すりかえないで」" – KKT熊本県民テレビ #ハビタ #熊本地震 l.smartnews.com/m-8ejSLjO0/YKv…
— John Edgar Hoover (@luka69bd) August 3, 2026
ここで、腑に落ちたことがある。
お店にとって、売上金をその日のうちに金庫へ移すのは当たり前の締め作業だ。
現金を店に残さないのは、防犯でも経理でも基本のルールである。
つまりあの電話は、特別な思いつきではなく、いつも通りのルールがいつも通りに回っただけなのだろう。
怖いのは、そこだ。
震度7の日にも、日常のルールがそのまま適用されてしまった。
今日はやめておこう、と例外を作る人が、どこにもいなかったことになる。
『もし可能であれば』の重さ
会社側の説明で、何度も繰り返されている言葉がある。
「もし戻れるのであれば」
「無理なら可能な範囲で」
「イオン側の許可を得てから入ってほしいと伝えた」
要するに、強制はしていないという話である。
裁判になれば、この一言が効いてくるのかもしれない。
ただ、現場の景色はまるで違う。
震災の直後、勤め先の上のほうから電話が回ってくる。
内容は、売上金を金庫へ入れてほしい。
ここで「無理です」と言い返せる若い従業員が、どれだけいるだろうか。
白状すると、僕も上司の「もしできたらでいいんだけど」を、やらずに済ませたことなど一度もない。
同じ「可能であれば」でも、言う側と言われる側では意味がまるで違うのだ。
熊本イオンのハビタの従業員について「可能であれば」を強調して謝罪するの「あくまで本人の意思で戻ったので自分たちは悪くないです」って責任逃れにしか聞こえなくてホンマに終わってる
— mika (@m_ika_0) August 3, 2026
謝罪の場で条件を強調するほど、逃げ道を探しているように聞こえてしまう。
「後悔しかない」と言ったその口が、「無理ならとも言い添えた」と続ける。
そうなると、せっかくの後悔のほうまで薄まって聞こえてしまう。
そして、この「可能であれば」を最後に運んだのは店長だった。
その日、店長は休みである。
電話を受けて、部下へ伝えた。
命じた側であり、命じられた側でもある。
ネットでは、その店長を問う声も上がっている。
この件、指示を受けた店長にも問題あり、なぜ店長は出てこないの?店長はどのように指示したの? 店長も名前だけの人だろうけどさ。 #ハビタ イオン爆発で女性従業員死亡「売上金を金庫に」指示認め謝罪 遺族は「話すりかえないで」(KKT熊本県民テレビ) #Yahooニュース news.yahoo.co.jp/articles/cf03d…
— edo (@edou_) August 3, 2026
気持ちは分かる。
ただ、記者に「売上金を金庫に戻すよう指示したのか」と問われたその店長は、涙を流しながら「はい」と答えたと報じられている。
逃げも隠れもせず、認めているのだ。
部下を2人失って、いま何を抱えているのかは想像するしかない。
その店長のもとには、こんな電話も入っていたという。
イオン側の担当者から、「2人が入っていったので心配だ。気を付けてと声をかけた」という連絡である。
2人が戻っていく姿は、見られていた。
声もかけられていた。
それでも、誰ひとり止めなかったことになる。
この連鎖のどこか一つでも違っていれば、と思わずにいられない。
謝罪が届かなかった理由
8月3日、彼女の告別式が営まれた。
中学、高校とバレーボール部でキャプテンを務めていたそうだ。
厳しくて、明るい先輩。
後輩は「大好きな先輩だった」と語ったと報じられている。
3年前に父親を亡くしてからは、働いて家族を支えてきた。
会社の頼みを断れなかったのも、その延長だったのかもしれない。
謝罪を受けた母親の言葉が、報道に残っている。
「(娘は)帰ってこないんですよ」
通夜の席では「許さんけんね」という言葉も口をついたという。
会社は8月3日、公式サイトに謝罪文を掲げた。
亡くなった2人への弔意と、遺族への謝罪が書かれている。
ただし、指示の詳しい経緯には触れていない。
サイトが見られなくなり、親会社の一覧から社名が消えていた件についても、説明らしい説明はまだない。
認めたのは「指示を出したこと」までで、なぜそう判断したのかは、いつ語られるのだろうか。
会社について、ひとつ書き添えておきたい。
ハビタは1976年の創業で、熊本や福岡など九州で十数店舗を構えるコスメと雑貨の店だという。
50年かけて積み上げた名前が、いま最悪の形で全国に知られてしまった。
そんな中で、いちばん引っかかった声がある。
ハビタと聞いて あ!熊本市内にあった雑貨のお店を思い出したわ😳 高校生や大学生の頃、よく行ったわ みているだけでも楽しいし、友達のプレゼントを買っていたわ 爆発は予見できなかったし 謝罪次第では 仕方ないってなったかもしれないのに 危機管理が全くなってないよ😱 悲しいよ😖💦
— マリノスエイコ (@QM8a5wrSEJHhJn0) August 3, 2026
学生の頃、友だちへのプレゼントを買いに通っていた店だという。
謝罪の仕方ひとつで、この人の気持ちは変わっていたかもしれないのだ。
爆発そのものを予見できた人はいない。
それでも、最初から順番通りに話していれば、届いていた言葉はきっとあった。
沈黙で1週間を使い、説明を一度すり替え、条件付きだったと強調する。
その全部が、謝る力を削ってしまった。
営業部長は、取材の最後にこうも語ったという。
「中に入るという指示を出したことは問題だった。今後は避難を優先し、戻ることがないよう徹底する」
その言葉が本物であってほしいと思う。
最後に、どうしても書いておきたいことがある。
この会社が事実を認めるまでに必要だったのは、調査でも、内部からの告発でもなかった。
彼女が駐車場で、親戚に言い残したたった一言である。
本人はもちろん、真実を守るつもりで言ったわけではないだろう。
ただ仕事に戻る理由を、身内に伝えただけだ。
その何気ない一言だけが、彼女の身に起きたことを、この世に残した。
亡くなった本人の最後の言葉に頼らなければ、真実は出てこなかった。
この事故でいちばん恐ろしいのは、そこだと思っている。
条件付きの指示も、通夜で渡した書面も、サイトに載せた謝罪文も、母親のあの一言の前では全部が軽い。
これから会社が語る言葉が、彼女の残した一言に恥じないものであってほしい。
亡くなった2人のご冥福を、心よりお祈りする。