マンガワン報告書に批判が集まる理由をわかりやすく解説
8月3日、小学館が106ページの調査報告書を公表した。
翌日には役員26人の報酬返納が発表されている。
- 社長は月額報酬の50パーセントを3か月返納
- ほかの役員は20から30パーセント返納
報告書も出た。
処分も出た。
それなのに、批判は収まるどころか増えている。
漫画を読んで育った人間として、この半年の騒動はずっと引っかかっていた。
今回は報告書の中身をたどりながら、その理由を考えていきたいと思う。
マンガワン報告書でわかったこと
小学館の漫画アプリ「マンガワン」で、『常人仮面』という作品が連載されていた。
原作者の名前は一路一(いちろはじめ)。
この一路一の正体が、『堕天作戦』という人気作を手がけた山本章一である。
山本章一は元高校教員で、美術の講師をしていた。
そして、自分が教える立場にあった女子生徒に性的加害行為を行い、2020年に児童ポルノ禁止法違反で罰金刑を受けている。
今年の2月には、民事でも約1100万円の賠償が命じられた。
判決が認定した中身は、かなり重い。
生徒の自尊心の低さに付け込んで支配的な関係をつくり、意思に反する性的行為に及んだと書かれている。
しかも、それが約3年間も続いていたのだ。
被害女性は解離性障害とPTSDを発症し、通っていた大学を辞めている。
問題は、ここからだ。
逮捕の一報を本人から聞いた担当編集は、その日のうちに編集長へこう報告している。
「世間に出ることはない情報になるはずとのことでした。問題なければこのまま連載継続したいとは思っております」
前科がついた、と聞かされた直後の第一声である。
心配されていたのは、連載のほうだった。
逮捕を受けて『堕天作戦』はいったん止まったのだが、編集部は2020年2月28日、3月4日から連載を再開すると告知している。
再開の予定を、もう公に出していたのだ。
それを止めたのは会社ではない。
3月3日、被害女性を名乗る人物から編集室に電話がかかってきた。
性犯罪で逮捕されたことを知りながら、処分もなく漫画の連載を続けているのかという問い合わせだった。
止めたのは会社ではなく、被害女性からの電話だったということになる。
このとき編集部が事実確認をした相手は、山本章一のほうである。
山本章一は、
「相手とは交際していた」
「性的行為は同意のうえだった」
「警察にも理解してもらった」
と説明した。
編集部は、その説明を信じ、動いていく。
被害女性から直接、詳しく事情を聞いたことは一度もなかった。
担当編集は報告書の調査に対し、「そこまでやると捜査機関のようになってしまうと当時は考えていた」と答えている。
そして同じ年の9月、編集部は無期限の連載停止と読者への謝罪を書いた告知文を用意している。
書き上がっていたのに、出さなかった。
報告書は、公表されなかった理由について関係者の記憶が曖昧だとして、事実の認定にまで至っていない。
ただ、示談交渉の結果を待ちたいという編集室の意向があった、という供述だけが残っている。
この告知文が出ていれば、罰金刑を受けたことも、連載が止まった本当の理由も、そこで読者に伝わっていた。
2年後に別名義で連載が始まることも、たぶん起きていない。
マンガワン問題はあの時点で終わっていたはずだ、という声はネットでもかなり多い。
本記事は第三者委員会の報告書の山本氏とその編集者らが関与した問題のみを取り上げています。 その中で一番ショックだったのは、本来ならば2020年9月に謝罪文が掲載され、マンガワン問題の最初の問題がここで食い止められていたはずだった事実です。
—江野朱美🐾アフターゴッド🔟 (@shiro_saijo) August 4, 2026
報告書やニュースでこの内容を知った人の多くが、同じところで引っかかったと思う。
翌2021年、担当編集は示談交渉に入り込んでいく。
きっかけは、被害女性の側からの要望だった。
山本章一との話し合いがまとまらず、第三者を入れて話したいということで、担当編集にも同席してほしいと求められている。
ここまでは、断りにくい話だとは思う。
問題はその先である。
当事者三人のやり取りに加わり、150万円を即日で支払うという案が出た。
その条件には守秘義務がつき、連載中止の要求を取り下げることまで含まれていた。
のちに山本章一の弁護士が作った和解書では、この一件が「交際」と呼ばれている。
被害女性が、自分は加害者だと認めてほしいと言い続けていた相手との出来事が、である。
紙の上で、加害が「交際」に書き換えられようとしていた。
当時の編集長のほうは、山本章一の「どんな処断になっても後悔はない」という発言から自殺のおそれを感じ取っている。
そして生活費を確保するために、原稿料の支払いを続けることを提案した。
売れっ子を手放したくなかったから、ではない。
報告書によれば、『堕天作戦』の売上は2019年のマンガワン全体のわずか0.21パーセントだった。
金のためですらなかったのだ。
そして連載が終わった2022年、山本章一は「一路一(いちろはじめ)」というペンネームを自分で名乗った。
担当編集は、それをそのまま通している。
『堕天作戦』の終了が10月末で、『常人仮面』の開始が12月28日。
たった2か月。
この短さが、いま「隠すつもりだったのでは」と言われている理由である。
念のため言っておくと、この報告書は会社に甘い作りではない。
休載中の原稿料を払い続けたことについて、人権侵害への助長または加担と評価され得る、とはっきり書いている。
それなのに、公表されてから火が大きくなった。
なぜなのか。
みいやまと常人仮面に共通する問題の本質
この夏、まったく別のところで似た炎上が起きていた。
『みいちゃんと山田さん』のアニメ化をめぐる騒動である。
半年前の編集部の公式動画が掘り起こされ、編集部員たちが「みいちゃんが堕ちていく様を見たい」と語っていたことに火が付いた。
出版社も違えば、事の重さもまるで違う。
並べて語るのは乱暴だと言われるかもしれない。
それでも、読者が怒っている『本質的な部分』は驚くほど似ている。
怒りが向かっているのは作品ではない。
それを通した編集部のほうだ。
みいやまのときも、批判の的は途中から作品を離れて、それを扱う大人たちの考え方やコンプラ意識のほうへ移っていった。
今回も、山本章一個人への嫌悪はもちろんあるのだが、それ以上に「なぜ会社がそれを通したのか」に集まっている。
報告書は、その問いに答えを出している。
連載を続けるかどうかがマンガワン編集室の中だけで決まっていて、担当役員にも法務にも相談されていなかったのだ。
止める役の人間が、その部屋に一人もいなかったということである。
先生が一度も口を挟まないまま多数決だけが進んでいく学級会のように、その場の全員が同じ空気を吸っていると、おかしさは誰の目にも映らなくなる。
しかも、この会社は一度それをやれている。
2020年9月の会議には管理部門の役員が出ていて、連載再開は認められないという意見が出た。
編集部門もそれを受け入れ、『堕天作戦』は無期限の連載停止になっている。
止める人がいる部屋でやれば、ちゃんと止まっていたのだ。
それから2年後、同じ相手を別名義で起用するときには、その部屋に誰も呼ばなかった。
みいやまの動画で、担当ですらない部署の社員が笑いながら「堕ちていく様を見たい」と言えてしまったのも、たぶん構造としては変わらない。
おかしいと思う人がいなかったのではなく、おかしいと言う役の人が、その場にいなかった。
マンガワンの調査報告書ざっくりと読んだけど ・編集者の態度は、一般企業における「管理部門はうるせーから悪事はバレないようにやる」という営業マンと同じ ・編集の売上重視&コンプラ意識の低さ ・作家と編集は1:1の関係なので互いの悪事を共有しやすく、同時に作家は編集に嫌われると孤立しやすい
—ソーダの海を泳ぐ羊 (@sss000zzz000) August 3, 2026
報告書を読んだ人の受け止めも、だいたいこの線に集まっている。
編集部が守っていたのは読者でも作家でもない。
我々はそれが何かをなんとなく感じ取っているのである。
作画担当に知らせないというたちの悪さ
この件でいちばん気の毒なのは、『常人仮面』の作画を担当していた鶴吉繪理(ツルヨシエリ)だと僕は思っている。
報告書は、担当編集から鶴吉繪理に対して、刑事罰のことも紛争のことも、説明はなされていなかったと認定している。
何も知らされないまま、その原作を絵にし続けていたわけだ。
自分の名前が表紙に並ぶ作品で、組んでいる相手が何をした人なのかを、自分だけが知らない。
断ることも、覚悟したうえで受けることもできなかった。
鶴吉繪理は女性なので、原作者がどういう人間か分かっていれば、実のところどうなっていただろうか…。
作品と名前のほうは、この先もずっと残るというのに。
しかも、たちが悪いところがもうひとつある。
同じマンガワンには、性加害で有罪判決を受けた原作者を別名義で起用したケースが、実はもう一件ある。
『アクタージュ』の原作者だったマツキタツヤだ。
こちらは執行猶予が明けたあとの起用で、報告書によると、作画担当にはリスクの説明が行われていた。
起用そのものについても、不適切だったとまでは評価できないとしている。
同じ編集部が、片方ではやれていたのだ。
つまり山本章一の件は、やり方を知らなかったわけではない。
知っていて、やらなかった。
マンガワン第三者委員会報告書ある程度読んだ まず、山本章一とその担当編集周りの対応はゴミ、終わってる マツキタツヤのほうは本人と作画担当は(議論の余地はあるものの)ある程度妥当な対応 ただ、当初マツキが言い出さなきゃそのままPN使う腹づもりだった担当編集はヤバいしその後の流れもおかしい
—柚子香るしょうが (@oronamataro) August 3, 2026
ただ、こちらの件も手放しで褒められる話ではない。
マツキタツヤの起用とペンネームの変更も、担当編集と編集長だけで決まっていた。
役員にも法務にも上がっていない。
たまたま今回は、まともな判断のほうへ転んだ。
そういう話でもある。
なお鶴吉繪理は、連載が突然終わったあと、この6月に「ひと段落した」と近況を報告している。
次の作品へ向けて動いているという。
せめてそこだけは、救いのある話だと思っている。
会社ぐるみではないが通用しないわけ
今年の3月4日、小学館はこう説明していた。
「この和解協議について、会社ぐるみで関与したとの認識はございません」
担当編集の個人プレーだった、という筋書きである。
では、報告書に出てくる事実を並べてみる。
- 示談交渉のやり取りに、担当編集が入っていた
- 示談の条件には、連載中止の要求を取り下げることが含まれていた
- 再開の見通しがないまま、休載中の原稿料が支払われ続けた
- 当時の編集長が、その支払いを自分から提案していた
- 法務は関与をやめるよう注意しつつ、弁護士費用は編集部で持つこともあり得ると伝えていた
問題は、最後の一つ。
示談への関与は止めておきながら、加害者側の弁護士費用は会社で見られるかもしれない、と言っているのだ。
マンガワンの報告書読んだけど、何故、働けないあいだの原稿料だの弁護士代だのを小学館が負担するの? それほどに犯罪を犯した成人男性を保護するのは、もはや被害者の未成年への間接的な加害の域では?
—須王あや (@AngelKiss_aya) August 4, 2026
社長が指示したという話ではない。
取締役会で決めたという話でもない。
その意味では、たしかに「会社ぐるみ」ではなかったのだろう。
だが、守るべき線を越えたのが担当編集ひとりだったとしても、そこで動いたものは、その人のものではない。
休載中に払われ続けた原稿料は、会社の金だった。
示談の席に座れたのは、マンガワンの担当編集という肩書きがあったからだ。
弁護士費用の相談に乗っていたのは、会社の法務である。
これを個人の暴走と呼ぶには、会社のものを使いすぎている。
上から指示が飛んでいたという意味の組織ぐるみではない。
かといって、たった一人の逸脱でもない。
この真ん中に当てはまる言葉を会社のほうが出してこないから、「じゃあ何なんだ」というまま半年が過ぎてしまった。
結局、誰のための報告書だったのか?
役員26人が報酬を自主返納する。
社長は月額報酬の50パーセントを3か月。
ここは数字ではっきり示された。
現場についてはこうである。
「従業員の責任に関しては、就業規則に基づき厳格な対応をとります」
それだけだ。
しかも報告書には、同じ社内で起きた週刊ポストの件について、応じなければ懲戒解雇にすると伝えた経緯まで書いてある。
書こうと思えば、そこまで書けるのだ。
なのにマンガワンの件だけは、誰がどうなったのかが出てこない。
調査報告書受けて 役員は三ヶ月間報酬を減額、「従業員の責任に関しては、就業規則に基づき厳格な対応をとります」 報告書にはグラビア担当で仕事の代わりに性的行為を要求した人は解雇したとあったが、マンガワン事件の担当編集、前編集長、現編集長の処遇については不明。まだ小学館の社員なのかな
—18cmの巨人 (@fox478924) August 4, 2026
そして報告書が出た翌日の夜、担当編集本人がネットに謝罪の文章を出した。
判断や行動に重大な誤りがあった。
作品づくりを優先するあまり、作家本人の問題や、その先にいる被害者への配慮が欠けていた。
ペンネームの変更については、そこまで考えずに通してしまった——。
反応は、決して温かいものではなかった。
半年黙っていて、報告書と役員の処分が出た次の日の夜に出てくる。
中身より先に、タイミングのほうが目についてしまう。
ここで思い出しておきたいのは、2月に漫画家たちがしたことだ。
『常人仮面』の件が明るみに出たあと、マンガワンからは作品が次々と消えていった。
こざき亜衣、高瀬志帆、伊勢ともか。
そして『めぞん一刻』も『らんま1/2』も、棚から消えた。
あの高橋留美子でさえ、全作品を引き上げたのだ。
小学館という看板を半世紀ちかく支えてきた人が、その看板から自分の作品を下ろした。
抗議の声明があったわけでもない。
ただ、静かに消えた。
連載も、単行本も、生活も、全部その看板にぶら下がっている。
それを承知のうえで下ろした人たちがいる。
その重さと、報酬の50パーセントを3か月という重さが、どうしても釣り合って見えない。
106ページを読み終えても、すっきりはしなかった。
守ろうとする熱意だけは、たしかにあった。
自殺を心配して原稿料を払い続け、弁護士費用まで検討し、示談の場にまで足を運んだ。
あれだけ誰かの人生を心配できる人たちが、教え子だった女性の人生については、一度も同じ熱量を出していない。
報告書も、そこを原因として名指ししている。
表現の自由と編集権を守る意識は非常に高かった、と書いたうえで、人権そのものへの意識は組織に浸透していなかった、と続けているのだ。
守らなかったのではない。
守る相手を、間違えたのだ。
この報告書には、まだ書かれていない一行がある。
現場の誰が、どう責任を取ったのか。
そこが埋まらないかぎり、106ページは会社が謝り終わるための書類のままだ。
続きが出てくるのかどうか、いまはそこがいちばん気になっている。
編集部の言葉が作品より問題になった騒動は、この夏にもうひとつあった。
公式が「原作のテーマを尊重する」と声明を出した数日後に、その原作を推していたはずの編集部員たちの言葉が掘り起こされている。