ニキは悪くない…それでもENHYPENファンが割れ続ける理由
今度はNI-KI(ニキ)が叩かれている。
元キャバ嬢のファンが亡くなったと伝えられた件で、きっかけを作ったのはニキの発言だ、という声が出はじめた。
いっぽうで、ニキは悪くない、勝手に的を決めたファンのほうが悪い、と書いている人も同じだけいる。
ただ、その発言に個人の名前は一度も出てきていない。
それなのに、聞いた人のほとんどが同じ一人を思い浮かべた。
悪いか悪くないかを決める前に、なぜそうなったのかを知りたい。
今回は、その発言が何だったのかというところから順番に見ていこうと思う。
ニキの発言は実際に何と言っていたのか
ニキは、ENHYPEN(エンハイプン)というグループの日本人メンバーである。
デビューは2020年で、韓国を拠点に活動している。
問題になっているのは、7月の終わりごろに行われたライブ配信での話だ。
K-POPのグループには、メンバーが自分のスマホからファンに向けて雑談のように話す配信がある。
台本があるわけではなく、その場で思ったことをそのまま話す場である。
ステージの上と違って作り込まれていないぶん、ファンにとっては本音が聞ける時間として人気がある。
そして、そのぶん言葉がそのまま切り取られやすい。
そこで、コンサートでのファンのふるまいについて、ニキが自分の言葉で語った場面があった。
伝わっている訳をまとめると、こういう話だった。
・自分はライブの時全員を気に掛けたい、端の人は僕たちを見れないかもしれないから ・でも偶に楽しまずに認知されたいという人がいる、それを見ると気持ちが下がってしまう、楽しんでほしい ↑ニキが言ってんのはただのペンサ等の認知ではなく、ライブ中に楽しまず過度にファンサを受けようとする人
— 🐥 (@eJ1AQYqJS) August 5, 2026
怒っている、という感じではない。
気持ちが下がる、残念だ、というくらいの温度である。
会場の端の席にいる人まで気にかけたい、という部分のほうがむしろ長い。
ここでいう「認知」は、推しに自分の顔と存在を覚えてもらうことを指す。
「ファンサ」はファンサービスの略で、ライブ中に手を振ってもらったり、目を合わせてもらったりすることをいう。
そして「ペンサ」はファンサイン会のことで、こちらは対面で言葉を交わせる場だ。
- 認知
- ファンサ
- ペンサ
並べると似て見えるのだが、それぞれ起きる場所が違う。
場所が違えば、許されることも変わる。
初めて行く人ほど、その違いを知らないまま現場に立つことになる。
そして肝心なのは、この配信で特定の誰かの名前が挙がってはいないことである。
日本の公式ファンベースも、特定のファンや出来事について話していたわけではない、と説明を出している。
それでも、聞いた側は誰の話かを迷わなかった。
その少し前に、コンサートでのふるまいを批判されていた人がいたからだ。
何かニキは特定の人に向けて言った訳ではないのに状況的にある一定の人に集中して攻撃されててニキが逆に燃えかけてて可哀想ニキはアイドルとして当たり前のこと言っただけよな🫠ライブは推しとの時間楽しむものでしょ😣ファンサとか認知されたい人はペンサで頼みますって話🤦🏻♀️
— ふにえどᐡ꒰ .•︤ .•︤ ꒱ᐡ (@SH8_S2) August 2, 2026
これが書かれたのは8月2日で、訃報が広がる3日前である。
誰も名指しされていないのに一人へ攻撃が集まっている状況は、そのときすでに見えていたことになる。
叩かれていたその人は、2か月前まではまったく逆の紹介のされ方をしていた。
大学をやり直し、夜の世界で日本一を取って、目標にしていた額を稼ぎ終えたから辞めた人である。
「悪くない」の一言で議論が止まってしまう理由
訃報が広がってから、ファンの意見はきれいに二つへ割れた。
そもそも、名前を出していないのに責任があると言えるのだろうか。
片方は、注意喚起として真っ当なことを言っただけだ、という見方である。
いやいや、注意喚起でしょうよ。 一部の迷惑なファンによってライブに来てる大多数が不快な思いしてるのも事実だしそりゃ出る杭は打たれるわな。 ニキは悪くないよ。
— rin (@wuzizhongdao576) August 6, 2026
この言い分には無理がない。
実際に名前は出していないし、内容も一般論の範囲に収まっている。
もう片方は、悪くはないとしても、自分の言葉がどこまで飛ぶかは知っておいてほしかった、という見方だ。
炎上している最中に、あの言い方を選んだのはリスクだった、と書いている人もいる。
少しでも否定的なことを言うと、すぐに「ニキは悪くない」が返ってきて話が終わる。
悪いかどうかを聞いているのではなく、影響力の話をしているのに、返ってくるのは無罪の宣言なのだ。
擁護が強くなるのにも、それなりの事情がある。
守る側に回らないと、今度は自分がファンダムの中で浮いてしまう。
ここが今回のややこしいところで、両方とも間違ったことは言っていない。
責任の話と、影響の話。
責任なら、たしかにニキにはない。
けれど影響のほうは、名前を出さなくても現に起きてしまった。
発言の訳は英語でも出回り、海外のファンにも届いている。
日本語のやりとりを追っていない人ほど、短く切り取られた形だけを受け取ることになる。
切り取られたほうだけを読むと、誰かを名指しした発言のようにも見えてしまう。
では、名前を出していれば良かったのかというと、それも違う。
名指ししていれば、もっと直接的な攻撃になっていただけだ。
伏せれば伏せたで、誰の話なのかを当てる作業が聞いた人全員に開かれる。
自分で当てた答えは、人から教えられた答えより疑いにくい。
だから「これはあの人のことだ」と自分で結んだ人ほど、確信を持って動いた。
どちらに転んでも、当てにいく人がいる限り結果は同じである。
そして矛先は、訃報のあとにまた向きを変えている。
今度はニキが的になり、そのあとはファンダム全体が的になった。
ファンが集まっている場のことをファンダムと呼ぶのだが、そこにいるというだけで責められる人が出てきている。
離れると書いている人は、そろって同じ文の中に「好きなのに」と書いている。
どちらの側にも乗らない言葉もある。
ニキは悪くないけれどだとしても心根の優しい性格じゃないですか……ポッキリ折れてしまったらどうしようと思って。お願いだから誰か助けてという気持ち。そしてお願いだからもう誰も責めないでという気持ち、、、
— mey (@moeyooo0) August 6, 2026
悪いか悪くないかを、この人は決めようとしていない。
もう誰も責めないでほしい、と書いてあるだけだ。
二つに割れている場所で、どちらにも乗らずにいるのがいちばん骨が折れる。
言い争いに勝ちたいわけではないのだと思う。
ニキが折れてしまわないか、そこだけが気がかりで、それを口に出す場所がないだけだ。
かばえば「悪くない」で話を終わらせる側に数えられ、黙っていれば認めたことにされる。
どちらへ動いても角が立つ場所に、いちばん長く立たされているのはファンだ。
手を握るファンサと「目立つな」の落差
ファンサイン会は、抽選に当たった人が推しの目の前に座って話ができる場である。
順番が来て、数十秒から一分ほど。
そこで手を握ってもらったり、名前を覚えていたと言われたりする。
ニキに対して何か言ってる人達はKポのこと知らない人達ばかりだね。ペンサで手を握ってあげただけでオキニなんだとか、ただ何度も通うから顔覚えただけで最初から認知するなとか。何言ってるかわからないし認知の意味知らねーだろって思ってしまう。あの人だけじゃなくみんなにしてることなのに
— aaab_v (@v_aaab) August 1, 2026
手を握るのも、顔を覚えているのも、通ってくる人みんなにしていることだ。
擁護として書かれた言葉だが、裏返せば、誰にでも同じことをしているという話でもある。
その配り方そのものに引っかかっている人もいる。
ニキがファンとの距離近くてびっくりするってポストよく流れてくるけど、ヨンジュンのペンサ見ちゃってるからニキが手握るのとかも全然普通に感じてしまう、、、やっぱりケーポの売り方ってかなり危ないんだな、感覚麻痺しちゃう
— (´・ω・`)スミ (@su_6v6_mi) August 5, 2026
近い距離そのものが、売り物として用意されている。
ニキ個人のやり方というより、その業界の売り方の話だ。
近くで手を握り、名前を覚えていたと伝える場がある。
その同じグループの側から、目立とうとするのは残念だ、という言葉が出る。
どちらも間違ってはいない。
ファンサイン会は近づいていい場で、コンサートは全員のための場だ。
線はちゃんとある。
ただ、その線はどこにも書かれていない。
しかも、いい席を取るために動くこと自体は、誰もが普通にやっていることでもある。
お金と時間をかけた人が前に来やすい仕組みは、最初から用意されている。
その仕組みに乗ったうえで、乗りすぎてはいけない。
どこからが乗りすぎなのかは、たいてい乗ってみるまで分からない。
職場でも似たことが起きる。
可愛がってくれた先輩に同じ調子で話しかけたら、他の人がいる場では急に距離を取られる。
先輩は何も間違っていないし、こちらも間違ってはいない。
それでも、置いていかれた側だけが恥をかく。
今回のことで、ファンサを受け取るのが少し怖くなった人もいるかもしれない。
手を振ってもらって嬉しかったこと自体を、後ろめたく思ってしまう人もいると思う。
ただ、うれしかった記憶そのものは、あとから誰かに取り上げられるものでもない。
目の前に座って手を握られた人は、それを全員向けの動作だとは思わない。
その気持ちを持ったままコンサートへ行くと、今度は目立とうとするなと言われる。
そして今回は、名前を呼ばれないまま責められた。
特別扱いというのは、配るほうが思っているよりずっと長く、受け取った側に残る。
ファンがいま知りたいのは、たぶん決着ではない。
この先の活動がどうなるのか、そこがいちばん気がかりだろう。
ワールドツアーの北米・南米の日程は、8月1日のラスベガス公演で終わっている。
そして8月8日からは、釜山での公演が始まる。
さらに8月21日には、新しいミニアルバムのリリースが控えている。
9月4日には、東京でファンショーケースを開くことも決まっている。
訃報のあとも、いまのところ予定そのものは動いていない。
会える日は、ちゃんと先に置かれたままである。
まだ二十歳のメンバーに背負わせるには重すぎる、という声も出ている。
これから本人が何かを話すのか、それとも何も話さないのか。
決めるのは本人で、外から急かして決めさせる話ではない。