歯科の自費診療『増加』はなぜ?患者に押し付けられる理不尽な選択
「自費でいきますか、それとも保険にしておきますか」
歯医者でこう聞かれて、頭の中で財布の残高をそっと数えた経験のある人は、けっこう多いんじゃないだろうか。
いま、歯の治療で保険のきかない自費診療を選ぶ人が増えている。
しかもそれは、歯を白くしたいとか、見た目を整えたいといった話ばかりではない。
「歯を抜かずに、なんとか残したい」という、もっと切実な理由にもかかわらず自費を選ぶ人が増えているというのだ。
僕自身、同じように歯医者へ通う一人として、この話はどうも引っかかる。
歯を守れるかどうかが、その人の財布の厚さで決まってしまう。
そんな格差へとつながっていく空気が、じわじわと広がっているように思えてならない。
今回は、なぜ自費診療がここまで増えたのか、そしてそこで患者が背負わされている「理不尽な選択」の正体を掘り下げていこうと思う。
目次
歯科の自費診療が増えた背景
自費診療と聞くと、多くの人はまず、白いセラミックの歯や、透明なマウスピース矯正、それにインプラントあたりを思い浮かべるのではないだろうか。
要は、「自分磨きの一環だから自費診療なんでしょ?」って感じだ。
実際、都心の駅前を歩けば、そういう「見た目をきれいにする歯科」の広告が、これでもかと目に飛び込んでくる。
ところが、報道を追いかけていくと、いま自費を選ぶ人が増えているのは、少し違う事情があるらしいことがわかってくる。
いま自費が増えているのは、治療と予防の領域だというのだ。
なぬ…!
その代表格が、『精密根管治療』と呼ばれるものである。
虫歯が進んで神経までやられてしまった歯の、根っこの中を徹底的に掃除して、他院で「抜くしかない」と言われた歯を、残すための治療だ。
ちなみに、保険でも根管治療そのものはできる。
ただ、自費でやる場合は、顕微鏡のような拡大鏡でのぞき込みながら、時間も手間もたっぷりかけて精度を上げた治療となるらしい。
同じ治療でも、スタンダードコースとVIPコースがあるというわけだ。
報道では、他院で「もう抜くしかないですね」と言われた患者が、「それでも歯を残したい」と、こうした自費の治療を求めて駆け込んでくるという。
都心のある歯科医院では、初診だけで十万円を超え、予約は数か月待ちだというから、その需要のほどがうかがえる。
僕なんて、予約の電話をかける前に、まず貯金通帳とにらめっこしてしまいそうだ。
「保険で認められている機材だけでは、どうしても限界がある」
「じっくり時間をかけないと、患者さんの歯は残せない」
「保険のままでは赤字になるので、質を確保するために自費が広がってきた」
現場の歯科医からは、そんな声が上がっているとのこと。
うーん、これはなかなか根が深い。
背景には、歯医者さんの経営そのものの厳しさもある。
いまや歯科診療所は全国に六万六千軒あまり。
なんと、あれだけ街にあふれているコンビニよりも多いと言われている。
「美容院とコンビニと歯科クリニック、いま日本で一番多いのはどれでしょう?」みたいなクイズがあったら、半分以上の人は不正解になるかもしれない。
完全に飽和状態。
ビジネスなら、レッドオーシャンな業界なのだ。
そこへ、高性能なレントゲンや顕微鏡といった機材への投資がのしかかる。
報道では、2025年度の歯科関連の倒産は、この20年で最も多かったという。
保険の報酬は昔から低めに抑えられてきたと言われていて、その中だけで良い設備をそろえ、時間をかけた治療を続けるのは、正直かなり厳しい。
つまり、「もっと丁寧に、歯を残す治療をしたい」という患者側の願い。
そして、「保険だけでは経営が立ちゆかない」という医院側の事情。
この二つが、自費診療という一点でぴたりと重なってしまった。
それが、いま起きていることの正体だと僕は見ている。
だから、「最近の人はぜいたくになった」で片づけるのは、ちょっと違うのだと思う。
むしろ逆。
保険の範囲では十分な治療を受けにくくなったからこそ、歯を失いたくない人が、やむを得ず自費に手を伸ばしている。
そう考えたほうが、話の筋がすっと通る気がする。
患者に押し付けられる理不尽な選択
さて、ここからが本題。
自費が増えた背景まではいい。
問題は、
高いお金を払って自費を選ぶか。
それとも費用を抑えて、将来また治療が必要になるかもしれない不安を抱えたまま帰るか。
どちらを選んでもどこかが痛む、究極の選択。
しかもこの選択、迫られているのは、歯の専門知識を持たないふつうの患者である。
医学的にどっちが正しいのか、本当のところは判断しきれない。
それなのに、選んだ結果の責任だけはしっかり患者の肩に乗ってくる。
ここに、僕がこの話を「理不尽だ」と感じる、いちばんの核心がある。
一体、誰がこんな国にしたのだ。
抜歯を避けたい患者ほど迷う
いちばん切ないのは、真剣に歯を残したいと思っている人ほど、深く悩むことだ。
さっきの精密根管治療がまさにそうで、保険の治療には、使える機材や材料、それに一回あたりの時間に、どうしても制約がある。
ネットでは、「保険の根管治療は成功率が五割ほどで、自費だと九割以上とも言われている」という声を見かけた。
数字そのものは歯科医院によって言い方がまちまちなので、そのまま鵜呑みにはできない。
それでも、時間をかけて丁寧にやったほうが歯は長持ちしやすい、ということはなんとなく想像がつく。
すると、どうなるか。
「抜きたくない」「自分の歯で噛み続けたい」と強く願っている人ほど、自分でせっせと情報を集めて、高額な治療を選ぶかどうかの決断を迫られることになる。
歯を大事に思う気持ちが強いほど、悩みも深くなる。
なんだか、まじめな人ほど損をする仕組み。
なんだかなー。
数十万円を払えない人の不安
そして、避けて通れないのがお金の話だ。
自費の根管治療やセラミックとなると、数万円から数十万円。
矯正やインプラントまでいけば、百万円を超えることもめずらしくない。
「歯のために、そんな大金は出せない」
そう感じる人のほうが、世の中にはずっと多いはずだ。
すでに何本か歯を失っていて、これ以上は失いたくない。
でも、勧められた治療の金額を見て、なけなしの貯金を思い浮かべて、ため息をつく。
歯を残す治療が、いつのまにか手の届かない「高級サービス」になっている。
歯は、贅沢品ではない。
噛むこと、話すこと、笑うこと、そして毎日を健康に生きること。
その土台になっているものだ。
その土台を守れるかどうかが、財布の厚さ次第で変わってしまう。
これはやっぱり、どこかおかしいと言わざるを得ない。
だんだん腹が立ってきた。。
自費を断った後悔まで背負わされる
理不尽の仕上げのようで気が重いのだが、話はここで終わらない。
たとえば、いったんは費用を抑えて、保険の治療を選んだとする。
ところが数年後、その歯がまた悪くなって、再治療になったり、最後には抜くことになったりする。
そのとき患者の胸に残るのは、こんな思いだ。
「あのとき、無理してでも自費にしておけばよかったのだろうか」
この後悔を、たった一人で抱えることになる。
歯の矯正だって、「なぜ子供のときにしなかったのか…」と後悔があるからこそ、大人が大枚の金を払って歯科クリニックに通うのだ。
繰り返しになるが、患者は歯の専門家ではない。
そのときの説明を信じて、限られたお金の中で、精一杯の選択をしただけだ。
それなのに、うまくいかなかったときには、「自己責任」の四文字がそっと肩に置かれる。
痛い思いをして、お金も払って、最後に後悔と自己責任まで背負わされる。
これはさすがに、患者に厳しすぎやしないか。
「選ぶ自由」と言えば聞こえはいい。
だがその裏で実際に起きているのは、財布の中身による仕分けなのではないか。
そんな気がしてくるのだ。
自己責任では片づけられない歯の格差
こういう話をすると、必ずこんな声も出てくる。
「ちゃんと歯みがきして、定期的に歯医者へ行っていれば、そこまで悪くならないだろう」
「予防を怠った本人の問題じゃないの?」
一理あるように聞こえる。
実際、日々のケアや早めの受診が大事なのは、まちがいない。
ただ、それだけで片づけてしまうと、こぼれ落ちてしまうものがあるのだ。
歯の状態というのは、本人の努力だけで決まるものではない。
子どものころ、親に定期的に歯医者へ連れていってもらえたか。
甘いものとの付き合い方を、そばで教えてもらえたか。
そういう環境の差が、大人になってからの歯に現れてくる。
所得が低い人ほど歯を失いやすい、という調査もあるらしい。
お金や時間に余裕がないと、痛くなってから駆け込むことになりがちで、予防のための通院はどうしても後回しになる。
仕事を休みにくい、小さな子どもがいて手が離せない、親の介護がある。
そんな事情が重なれば、「定期的に歯医者へ」というだけでも、けっこうな難題になってしまう。
海外に目を向けると、国によっては子どもの歯の矯正に公的な保険がきくところもあると言われている。
噛む・話すといった機能に関わる治療を、社会の側で支えようという発想だ。
そこと比べると、日本は「治療の質は、自分のお財布で確保してください」という色合いが、少し強いのかもしれない。
とにかく、歯を残せるかどうかが生まれ育った環境やその日の財布で分かれてしまう、その仕組みはどうかと思うぞ。
国はこの現実に、もっと真剣に向き合ってもらいたいものだ。
最後に、一つだけ心に留めておきたいことがある。
次に歯医者さんで「自費と保険、どうされますか」と聞かれたとき。
あるいは、誰かが高い治療費に頭を抱えているのを見かけたとき。
「高いか、安いか」「本人の努力か、怠けか」と、すぐに白黒つけてしまう前に、ほんの少しだけ立ち止まってみたい。
その二択の後ろには、ここまで見てきたような、ややこしい事情が幾重にも折り重なっているのだから。
歯を食いしばって、なんとか毎日をやりくりしている人は多い。
その歯くらいは、せめて誰もが安心して守れる世の中であってほしい。
次の歯医者の予約を想いながら、僕はそんなことを、ぼんやりと思ったりするのだ。