『みいちゃんと山田さん』の作者・亜月ねねをめぐる騒動が、9月に入ってまた動いた。

作品への批判に食ってかかり、自分で自分を褒めていた裏垢。

その中身が作者本人ではないかという話が、2026年9月22日にネットで一気に広がった。

決め手に挙がったのは、部屋に敷かれた絨毯の模様である。

なぜ絨毯で人が特定できるのか。

そして7月に本人が出した「ダイアナとは別人です」という訂正は、これでどうなるのか。

猫と絨毯から浮かんだ裏垢疑惑

今回の特定が動いたのは、ひとつの凍結解除がきっかけだった。

問題のアカウントは、作品や作者への批判に執拗に噛みついてきたことで、以前から名前が知られていた。

そのアカウントは、連載の準備状況やダイアナの運営との関係など、当時まだ表に出ていなかったはずの作者の周辺事情に触れる投稿を残していた。

アニメ化の発表で改めて注目が集まったとき、そこから「本人ではないか」という噂が立った。

ただ、当のアカウントは凍結されていて、中を見ることができなかった。

 

それが9月21日に解け、過去の投稿が引き出された。

そこから出てきたのが、開設当初に使っていた別のアカウント名である。

その名前は、作者が昔の名義で公表していた好物と、9月12日という誕生日の数字を並べたものだという。

同じ数字は、本人のものと見られてきた過去のイラスト用IDやブログにも入っている。

そこから芋づるで、もう1つのアカウントが出てきた。

飼い猫の写真を上げていたそのアカウントの絨毯が、作者がファン向けに有料で公開していた猫の写真の絨毯と、模様まで一致しているという。

「決め手は絨毯の葉脈」という言い方が広まったのは、そういう経緯である。

 

問題は、そのアカウントが何をしていたかだ。

作者を褒め、批判した相手に食ってかかり、そして「みいちゃん」を人を見下す言葉として使っていた。

ここが、ただの自作自演では済まないところである。

9月9日には、日本自閉症協会が意見書を出している。

そこで問題にされていたのが、まさに「みいちゃん」が揶揄や侮辱の言葉として使われている現実だった。

ただし、この一致を並べているのはネットの有志による特定作業で、本人も出版社もいまのところ何も言っていない。

名前の挙がったアカウントは、指摘が広まったあと、どれも開けなくなった。

つまり、当たっているのかどうかを外から確かめる手段はない。

それでも、この疑いが作者ひとりの問題で終わらないことは、押さえておきたい。

2027年のアニメ化には、制作会社もスポンサーも乗っている。

『別人です』に殺到した矛盾の指摘

この話がこれほど重く受け止められているのは、7月に同じ「中の人は誰か」で一度もめているからだ。

アニメ化の発表以降、作者の周辺には「作品は作者の実体験だ」「作者は女衒だ」といった書き込みが飛び交っていた。

そもそもの炎上のきっかけについては、前回の記事で詳しく書いている。

みいやま講談社編集部
講談社編集部の『障害福祉への軽さ』が炎上している件|みいやま『みいちゃんと山田さん』のアニメ化論争は現在、批判の的が作品そのものから講談社の編集部へと移っている。 きっかけは、半年前から公開されて...

女衒(ぜげん)というのは、女性を夜の仕事へ売り渡す者を指す古い言葉で、作家に向けるにはかなりヘヴィーな言葉となる。

それを受けて出されたのが、2026年7月31日の訂正だった。

要点をまとめると、こうなる。

  • ダイアナというアカウントと自分は別人
  • 2024年2月まで、依頼を受けて漫画を寄稿していた
  • アカウントの運営も、漫画の原作(台本)も担当外
  • 自身にパパ活や性風俗、キャバクラの経験はない

これが火に油を注いだ。

 

というのも、ダイアナと亜月ねねを結びつける材料が、いくらでも残っていたのである。

  • 商業化される前の単行本は「ダイアナ」名義で出ていた
  • 本人が2023年に「ダイアナ名義で描いてた漫画をリメイクしたい」と投稿していた
  • 知人が本人を「ダイアナの中の人」として紹介した投稿が残っていた

とくに強烈だったのが、商業化前の表紙画像を並べたこの指摘だった。

現物の表紙を出されると、さすがに分が悪い。

正直、僕も最初は「これは苦しいだろう」と思った。

疑いの目を向けたくなるのも、無理はない。

ただ、当時の記録を掘っていくうちに、少し話が変わってきた。

一人ではなかったダイアナの中身

そもそもダイアナとは何なのか。

2017年頃から活動している、夜の世界で生きる女性たちを描いた漫画アカウントである。

パパ活、整形、風俗といったテーマを短編で投稿し、2023年には単行本も出版されている。

 

ここで、決定的な事実が2つ見つかった。

ひとつ目は、ダイアナが一人のペンネームではなかったという点である。

2021年11月に書かれた個人ブログに、アカウントの説明文が「夜の絵描き」から「夜の絵描き達」へ変わったという記述が残っていた。

一人の名前として読まれていた看板が、途中から複数形になっている。

アカウントを運営して文章を書く人と、漫画を描く人。

そこは最初から分かれていたのである。

ほぅ…。

 

ふたつ目が、その描き手は交代していたということ。

炎上が始まるより2年近く前の、ごく普通の投稿に、初代を名指しで懐かしむ書き込みが残っていた。

ダイアナの運営者を名乗る人物も当時、これまで漫画を担当していた人物がプロデビューするのでアカウントを「卒業」する、以降は新しい人物が担当する——と告知している。

当時からダイアナを読んでいた人たちは、描き手が入れ替わる瞬間も目撃している。

絵柄が急に変わって少し下手になり、そこからまた日に日に上手くなっていったという。

前の人の絵柄に寄せるところから始めた、というのが引き継ぎの実態だったのだろう。

そして亜月ねねが2024年2月に離脱したあとも、ダイアナはまた別の描き手を立てて続いている。

 

要するに、屋台の看板とそこで雇われた料理人のような関係だ。

「ダイアナ」という看板の持ち主は別にいて、亜月ねねは2024年2月までそこで料理を作っていた。

ところがお客さんはずっと、看板の名前がそのまま作っている人の名前だと思って通っていたわけだ。

 

その看板の下では、作品のほうも形を変えていた。

はじめにダイアナ名義で4ページの原型が投稿され、それがシリーズ化されてKindleにまとめられ、最後に亜月ねね名義の商業版になった。

同じ「みいちゃんと山田さん」という名前の下に、3つの段階があるわけだ。

しかもダイアナ名義のKindle版は、商業化にあわせて取り下げられ、いまは読めない。

名前は同じまま、中身と作り手が入れ替わっていく。

混乱が起きるのも当然で、この混乱はそのまま疑いにも変わる。

都合の悪いものだけ置いてきたのではないか、という引っかかりである。

ただ、その原型を誰が考えたのかは、いまも分かっていない。

ダイアナ名義だった当時の本のあとがきには「知り合いがモデル」とあるだけで、それが誰の知り合いなのかは外から確かめようがないからだ。

世間と作者は違う質問に答えている

ここまで来ると、この騒動の正体が見えてくる。

「別人なのか?」という問いには、実は2つの意味が混ざっているのだ。

  1. ダイアナ名義の漫画を描いていたのは、今の作者か
  2. ダイアナというアカウントの持ち主は、今の作者か

1つ目の答えは「同じ人」である。

これは誰も争っていない。

作者自身、訂正ポストで「依頼を受けて漫画を寄稿していた」と認めているのだから。

 

そして2つ目の答えが「別の可能性が高い」というもの。

本人が「別人です」と言っているのは、こちらの意味だ。

つまり——世間は1つ目の質問で怒っていて、作者は2つ目の質問に答えている。

であるならば、話が噛み合うはずがない。

 

では、なぜ世間はここまで「嘘だ」と感じたのか。

読者はずっと、ダイアナの漫画を描いている本人の体験談として読んでいたからだ。

実際、僕もそういう漫画だと思って眺めていた一人だ。

 

ただ、読者が勝手に誤解したわけではない。

体験談のような一人称の作風で、名義は「ダイアナ」ひとつだけ。

誰が運営して誰が描いているのか、当時どこにも書かれていなかった。

誤解が生まれる仕組みを作ったのは、読者ではなく売っていた側である。

 

そして、9月の裏垢の話がいちばん重く響くのもここである。

名義と中の人が違うと説明した人が、名義と中の人を使い分けて自分の作品を守っていたのではないか——と疑われている。

7月の訂正の、ちょうど裏返しである。

消えたインタビューと鍵アカウント

もうひとつ、この2か月で静かに進んでいたことがある。

8月に入ったあたりから、確かめるための材料そのものが、表から次々と消えていった。

ダイアナのアカウントには鍵がかかったままで、2本のインタビューはどちらも開かない。

 

そして消えたものの中には、作者を守れたはずの材料もあった。

記事そのものは消えても、ネット上の保存庫には当時のページが残っている。

1本目は2025年5月に出たもので、炎上の1年以上前に、この作品をどう作ったかが本人の言葉で細かく語られていた。

舞台を2012年の新宿にしたのは、夜の世界がまだアングラだった時代の空気を再現したかったから。

支援学校の先生や、風俗で働く女性の相談にのっている団体へ取材に行ったこと。

そしてSNSへ投稿していた頃は、会社員として働いていたこと。

 

いま最大の争点のひとつが、その「夜の仕事の経験があったのかどうか」である。

本人は「一切ない」と否定し、疑う側が出しているのは知人の紹介文や作風の近さといった状況からの推測ばかりだ。

どちらへ転ぶにしても、疑われる前に本人が語った言葉ほど確かな材料はない。

それが、いまは開かない。

 

もう1本は、2025年6月に出版社側が出したインタビューである。

そちらでは、みい山の始まりが「趣味で描いた短編をXに上げていたら、1年後に声をかけられた」という物語として語られていた。

ダイアナという名前は、最後まで一度も出てこない。

誤解が生まれる仕組みを作ったのは売っていた側だという話の、いちばんはっきりした証拠がこれである。

そして残っていた場所ごと、閉じられた。

 

もちろん、消えたものが作者を助けるとはかぎらない。

閉じる直前に見えていた本人の投稿には、ダイアナの運営や担当編集と顔を合わせて打ち合わせをしていたと読める記述があり、そこを突く声も出た。

依頼を受けて寄稿していただけ、という距離感とは、だいぶ違う。

 

都合のいいものも、悪いものも、まとめて引っ込めた。

疑いは消えなかった。

むしろ、残った断片に値打ちがついた。

 

ダイアナという看板の下で、実際は何がどうなっていたのか。

それを知っている人たちは、いま全員、鍵の内側にいる。

この2か月で、答えはひとつも増えなかった。

増えたのは疑いだけで、それを増やしたのは鍵をかけていった側だと思う。

 

ただ、9月の終わりには、疑う側のほうが一線を越えた。

2026年9月28日、作者の自宅とされる情報がSNSで広まり、「自宅まで行った」という投稿まで出たのである。

講談社は取材に対し、作者や関係者のプライバシーを暴いたり身の安全を脅かしたりする書き込みについて、すでに警察に情報を伝えたと答えている。

裏垢の疑いは、作者が自分の言葉で答えられる疑いだ。

自宅の場所を突き止めても、ダイアナの中身はひとつも分からない。

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