ニチレイを止めた犯人が、自分から名乗り出た。

「ランサムハウス」と呼ばれるハッカー集団が、ダークウェブ上に犯行声明を出したことが7月21日にわかったという。

僕は前の記事で、犯人の正体は名乗った国名より、何を要求したかに表れると書いた。

その答えが、思ったより早く出てしまったわけだ。

 

KFCの品切れにつながった仕組みと、ニチレイの障害がイオンやくら寿司、病院の話にまで広がった理由は、前の2記事で詳しく書いた。

お客さんのいないKFC
KFCが品切れになった本当の理由…サイバー攻撃で日常が壊れる恐怖KFCで商品の一部品切れや臨時休業が起きるかもしれないという。 それはそれで困ったことだが、今回わかったのはチキンの在庫よりもっと大き...

https://www.taichimaster.jp/japan-cyber-target/

 

今回は、そのランサムハウスという集団が何者なのかを、専門用語をできるだけ使わずに整理していく。

そのうえで、僕が前回書いた「日本が実験台になっているのではないか」という見立てが、この犯行声明でどうなったのかまで書いていこうと思う。

正直に言うと、当たった部分と、大きく外れた部分がある。

ハッカー集団ランサムハウスとは何者なのか

まず名前から。

ランサム(ransom)は身代金、ハウス(house)は家である。

そのままだが、身代金を商売にしている集団だと名乗っているようなものだ。

 

登場したのは2021年の後半あたりで、この世界ではまだ新しい部類に入るらしい。

面白いのは、この集団が最初のころ、ウイルスでデータを暗号化することすらしていなかったという点である。

企業のネットワークへ静かに入り込み、大事な情報だけを持ち出して「返してほしければ連絡しろ」と迫る。

金庫をこじ開けて壊していくのではなく、家族のアルバムだけ抱えて出ていき、玄関に置き手紙を残していくような手口だ。

 

2023年ごろからは暗号化の道具も使うようになり、いまは盗む・止める・ばらすの三点セットで迫ってくる。

データを盗んだうえで業務も止め、払わなければ中身を公開すると脅す。

専門的には二重恐喝と呼ばれるやり方である。

 

被害を追跡している海外のサイトによると、これまでに公表された被害は世界47か国で200件を超えている

製造業、医療、行政と、業種はまるでバラバラ。

さらに気持ちが悪いのは、この集団が自分たちのことを「セキュリティの甘い企業に問題を教えてやっている専門家」のような顔で語っているところだ。

いやいや、誰も頼んでいない。

 

そして日本人にとって忘れられないのが、この名前を一度聞いているという事実である。

そう、2025年10月にアスクルの受注と出荷を丸ごと止めた、あのグループだ。

このときは約1.1テラバイトのデータを盗んだと主張し、身代金が支払われなかったのか、実際に二度に分けて中身を公開している。

脅しが口先だけではないことを、この集団はすでに証明済みというわけだ。

 

もうひとつ、アスクルの件で背筋が寒くなる話がある。

報道によると、最初に侵入されたのは2025年の6月5日で、実際にシステムが止められたのは10月19日。

4か月以上、家の中に居座られていたことになる。

泥棒が入った日と、家じゅうを荒らす日が別だった。

そんなことがあるのかと思うが、あったのだ。

犯行声明でわかったこと、まだわからないこと

では、今回の声明には何が書かれていたのか。

報道されている中身は、驚くほど短い。

機密データの流出を防ぎたければ、ニチレイは連絡してこい

要するに、それだけである。

金額も、盗んだデータの中身も、どこから入ったのかも書いていない。

交渉のテーブルに着かせるための一言だけを置いて、あとは黙っている。

ここでも、やり口がやたらと商売慣れしているのが伝わってくる。

 

時系列を並べると、もっと気になることが出てくる。

ニチレイが異常を検知したのは7月13日の午前6時50分ごろで、声明が確認されたのは21日。

その間、8日間もの沈黙があったのだ。

この空白の期間に何をしていたのか。

過去の事例から考えれば、盗んだデータを開いて中身を数え、どこを人質にすれば一番効くのかを選んでいたと見るのが自然だろう。

 

一方のニチレイは、7月15日の時点で自社のサーバがサイバー攻撃を受けたことを確認したと公表している。

被害を受けたサーバの一部には個人情報が保管されていたため、個人情報保護委員会へも漏えいの可能性がある事案として報告済みとのこと。

そのうえで、外部への流出は現時点で確認されていないとしている。

 

ここは読み方に気をつけたい。

確認されていないというのは、なかったという意味ではない。

アスクルのときも、公開されるまでは誰も中身を見ていなかったのだ。

 

結局、いまわかっていないのはこの3つである。

  • 身代金がいくら要求されているのか
  • 何のデータが、どれだけ盗まれたのか
  • どこから、いつ入り込まれたのか

 

ちなみに政府はというと、木原官房長官が会見で「システムのバックアップを取るなど、各企業で適切なセキュリティー対策を講じることがまずは重要だ」と呼びかけている。

ごもっともではある。

ごもっともではあるのだが、取引先5000社が止まったあとに聞くと、どうにも軽く響いてしまうのは僕だけだろうか。

兵糧攻めを仕掛けた敵の正体は商売人だった

さて、ここからが答え合わせである。

僕は前回、犯人の目的は次のどれかで絞れると書いた。

  • 復旧と引き換えに金を要求するなら、ランサムウェア型の犯罪
  • 盗んだデータの公開をちらつかせるなら、情報窃取を使った恐喝
  • 金銭要求も情報公開もなく業務停止だけが続くなら、混乱や妨害を狙った可能性

 

出てきたのは、1つ目と2つ目だった。

つまり、日本の食料網を狙い撃ちした国家の作戦ではなく、金目当ての商売だったということになる。

どこかの国が日本の急所を測りにきた、という筋書きは、少なくとも今回に関しては優先順位が下がった。

僕の見立ての一部は、はっきり外れたわけだ。

 

ところが、ここで安心して終われない話が出てくる。

専門家によると、この手の攻撃者は必ずしも標的を吟味していないという。

あちこちから盗み集めたIDとパスワードを片っ端から試し、たまたま開いた扉から入る

ニチレイが選ばれたのも、日本の物流の急所だからではなく、単に鍵が開いていたからかもしれない、というのだ。

 

なぬ…!

これはこれで、かなり怖い話ではないか。

 

狙われた理由が「日本の弱点だから」なら、守り方は考えられる。

しかし理由が「開いていたから」だとすると、狙われないようにする、という発想そのものが通用しない

クラスで一番後ろの席の子が、たまたま出席番号順で当てられただけ、という壁と同じで、こちらに選ばれない工夫の余地がない。

できることは、鍵を全部閉めておくことだけになる。

 

昔の兵糧攻めは、城へ続く米や水の道を断った。

2026年にホルムズ海峡をタンカーが事実上通れない状態になったとき、日本が官民合わせて約8か月分の石油備蓄を持っていたのも、物理的な道が止まる事態への備えである。

現代の兵糧攻めは、タンカーやトラックを壊さなくてもできる。

倉庫には商品があり、運転手もいるのに、受発注、在庫確認、配車、決済の情報を止めれば、物は動けなくなる。

米俵を燃やすのではなく、米俵の行き先を画面から消す。

派手な爆発もなければ、国境を越えてくる兵士もいない。

それでも夕食とガソリンと薬が届かなくなれば、兵糧攻めとしての効果は十分に出てしまう。

 

しかも今回、それをやったのが軍隊ですらなかった。

顔も名前もわからない商売人が、金のためにやったのである。

三連休前の売り場と、陳列に追われる店員さん。

ダークウェブで置き手紙を残した連中は、この光景を一度も見ていない。

日本が実験台という見立てはどうなったのか

犯人が金目当てだったなら、実験台という言葉は大げさすぎたのか。

僕はそうは思っていない。

理由は単純で、この騒動が世界に見せてしまったものは、犯人の動機とは関係なく残るからだ。

 

ニチレイのシステムが止まったあと、どの企業が最初に影響を公表したのか。

どの商品が欠け、どの店が代わりの食材を用意できず、何日で営業へ影響が出たのか。

さらに、政府や企業がどこまで情報を出し、消費者がどの段階で不安を感じたのか。

それらは全部ニュースとネットに残り、誰でも読める形で置かれている。

攻撃した本人が観察していなくてもいい。

観察していたのは、それを黙って眺めていた誰かかもしれないのだ。

 

ここで思い出すのが、2024年の米騒動である。

新米が本格的に出回る前に南海トラフ地震臨時情報が発表され、地震や台風も重なった。

農林水産省によると、スーパーでの米の購入量は前年の約1.5倍まで増え、店頭では品薄が起きたという。

米の生産量が一夜で半分になったわけではない。

「なくなるかもしれない」という不安が、米を棚から消した。

もちろん、その後の米価上昇には、生産コストや集荷量、流通の変化など複数の理由がある。

ただ、米騒動が証明したのは、商品が少し足りないだけでも、不安が加われば品薄を何倍にも大きくできるということだ。

 

一人ひとりが「家族のために一袋だけ多く買っておこう」と考えるのは、悪いことではない。

むしろ、いたってまともな判断である。

ところが、そのまともな判断を何万人も同じ日にすると、本当にスーパーやドラッグストアの棚が空く。

空っぽの棚がネットに載れば、それを見た人が次の店へ走り、次の店でも写真が撮られる。

不安が品薄を作り、品薄が不安の証拠として使われる。

なんとも不気味な悪循環であるが、これが実際に起きる。

 

もしこの反応を計算に入れる者がいるなら、全国の店を一軒ずつ止める必要はない。

連休前や災害への注意が呼びかけられた直後など、もともと買い物が増えやすい日に供給の中心を止めればいい。

あとは「来週はもっと減るかもしれない」という想像が、頼まれてもいないのに続きをやってくれる。

買い物かごを持たなくても、日本のスーパーの棚を空にできるかもしれないのだ。

 

最初の被害は、倉庫や出荷のシステムが止まること。

第二の被害は、買いだめ、値上がりへの恐れ、企業や政府への不信が広がることだ。

日本が実験台になるというのは、何度も攻撃されるという意味だけではない。

一度の攻撃で、日本人が被害を広げる瞬間まで観察されるという意味なのである。

ニチレイ通信障害で浮き彫りになったこと

ニチレイロジグループが持つ冷蔵倉庫は、関連施設を含めて約140か所。

そこに商品を預けたり運んでもらったりしている取引先は、約5000社にのぼるという。

店の看板は違っても、裏側で同じ倉庫や配送網を使っていれば、一つの障害が別の店へ同時に顔を出す。

そして今回いちばん考えさせられたのは、こんな声だった。

病院の売店のおにぎりが売り切れる。

検査の合間に、それだけを楽しみにしている人がいる。

ダークウェブの置き手紙から、そこまでの距離はほんの数日だった。

 

さらに厄介なのは、備蓄があっても、それだけでは安心できないことだ。

オイルショックや米不足を経験してきた日本には石油や米などの備えがあり、2025年4月には食料供給困難事態対策法も施行された。

 

「ちゃんと備えているなら、物流が少しくらい止まっても備蓄を出せば何とかなるのでは?」

そう思う人も多いだろう。

ところが、備蓄米は「あります」と発表しただけで、茶碗まで歩いてきてはくれない。

放出する量を決め、受け取る企業を決め、運ぶ車を確保し、精米し、店ごとの在庫へ反映するまでには時間がかかる。

ここが地味に怖い。

 

国の発表では「供給できる」でも、近所のスーパーではまだ「入荷未定」という時間差が生まれる。

物資には移動時間があるが、不安には配送待ちがない。

棚の商品が戻るより先に、空っぽの棚の写真が全国を走り回るからだ。

 

つまり、日本の弱点は備蓄の少なさだけではない

ためてある物を必要な場所へ動かす途中が、デジタルな一本の道になっていることだ。

そこを止められると、倉庫に食料があっても、備蓄基地に石油があっても、必要な人へ届かない。

城の中に米はあるのに、米びつの鍵だけがネットにつながっていたようなものだ。

 

そして今回の騒動と前後して、行政の側でも慌ただしい動きが出ている。

三重県が庁内のUSBメモリーを調べたところ、47個からマルウェアが検知されたという。

そこで私物のUSBは全面禁止、公用のものは登録と管理を徹底する流れになった。

盗んだIDで扉を試す連中の話をしたあとにこれを読むと、鍵をかける以前の家がまだたくさんある気がしてくる。

 

肝心のニチレイは、7月17日から冷蔵倉庫の入出庫業務と冷凍食品の出荷業務を順次再開し、通常稼働へ戻す段階へ入っている。

とりあえず、冷凍庫の前で途方に暮れる日々は終わりが見えてきた。

問題は、ここからだ。

 

これから注目したいのは、犯人の名前ではなく次の4つである。

  • どこから侵入されたのか
  • 盗まれたデータは本当に公開されずに済むのか
  • 身代金の要求にどう向き合うのか
  • 同じ手口で次に扉を開けられるのはどこなのか

 

今夜も冷凍庫を開ければ、当たり前のようにチャーハンや唐揚げが入っている。

その当たり前が、どこかの誰かが拾ったIDとパスワードひとつで止まる時代になった。

ランサムハウスはもう名乗った。

次に何を言い出すのか、そして日本のどこがまた開いてしまうのか。

その続きを、静かに見守っていきたいと思う。