KFCで商品の一部品切れや臨時休業が起きるかもしれないという。

それはそれで困ったことだが、今回わかったのはチキンの在庫よりもっと大きな問題である。

それは、

KFCが直接サイバー攻撃を受けたわけではない

ということだ。

食材配送を委託していたニチレイのシステムが不正アクセスで止まり、その影響が全国のKFC店舗へ流れてきたのが本当のところなのだ。

 

見出しだけを見て「カーネルおじさんのパソコンが乗っ取られたのか」と思った人もいるかもしれないが、そういう話ではない。

そしてこの騒動、その後さらに妙な方向へ転がっていく。

7月22日、KFCは全店舗で通常営業を再開し、あわせてお客さんへお詫びのクーポンまで配ることになった。

 

攻撃されていない会社が、頭を下げてクーポンを配る。

そのクーポンの中身にまで、なぜか文句が飛んだ。

実はここに、我々大衆が知っておくべき問題が隠されていたのだ。

くわしく見ていこう。




KFCが品切れになった本当の理由

まずは、今回の流れをできるだけ簡単に並べてみる。

  • ニチレイのシステムが不正アクセスで止まる
  • 倉庫から食材を出しにくくなる
  • KFCの店に必要な食材が届かなくなる

攻撃されたのはニチレイで、食材が届かなくなったのがKFC。

ここを逆にすると、話がまるで違ってくる。

KFCのレジが乗っ取られたわけでもなければ、チキンの秘密の味付けが盗まれたわけでもない。

KFCは、離れた場所で起きたトラブルに巻き込まれた側なのである。

 

ニチレイは7月13日、不正アクセスでシステムに障害が起きたと発表した。

そのため、グループ会社が運営する冷蔵倉庫で、荷物を入れたり出したりする仕事に影響が出たという。

冷凍食品の出荷も止まった。

そして翌14日、KFCも食材を注文どおりに届けてもらうのが難しくなったと発表したのだ。

「食材はあっても、倉庫から店へ動かせない」

この一文が、今回の問題をほぼ言い表している。

 

ニチレイによると、発表の時点では個人情報やお客さんのデータが外へ漏れた事実は確認されていない。

それを聞くと、「じゃあ、そこまで大きな被害ではないのかな」と思う人もいるだろう。

だが、今回は情報が盗まれたかどうかとは別に、仕事が動かなくなっている。

サイバー攻撃は、何かを盗むだけではなく、会社の手足を止めることもある。

パソコンの中だけで終わらず、店に並ぶはずの商品まで止まってしまうわけだ。

 

僕らがKFCで見るのは、店員さんとフライヤーと、食欲を妙に刺激してくる赤い看板くらいである。

だが、その後ろでは倉庫の人が食材を出し、トラックへ積み、決まった時間に店へ運んでいる。

表から見えないだけで、チキンはかなり多くの人と仕組みに支えられているのだ。

チキンにUSBメモリが刺さっているわけでもないのに、コンピューターが止まるとチキンまで来なくなる。

なんとも不思議な話だが、これが今の社会である。

 

KFCは公式アプリやWebサイトからの注文、モバイルオーダー、デリバリーなども一時停止した。

実施中だったキャンペーンも中止になった。

食材が届くか分からないのに、注文だけ元気よく受け続けるわけにはいかない。

ネットの画面で「ご注文を承りました」と言われても、店にチキンがなければ困る。

なぜそうなってしまうのか、さらにくわしく見ていこう。




なぜ一社が止まるだけで全国に影響するのか

全国の店へ商品を届ける仕事は、ひとつの会社だけではできない。

商品を作る人がいて、預かる倉庫があり、運ぶ人がいて、ようやく店へ届く。

物流は、何人もの選手がつなぐ一本のバトンみたいなもの。

途中でバトンが落ちれば、ゴールにいる店員さんは受け取れない。

 

ここで、ひとつ素朴な疑問がわいた。

倉庫に食材があるなら、人の手で出して運べばいいのでは?

僕も最初はそう思った。

ところが、大きな倉庫になると話はそう簡単ではない。

どの商品がどこにあり、何個出して、どの店へ送り、どのトラックへ載せるのか。

こうした情報を、今はシステムがまとめている。

物があることと、正しく届けられることは別の話なのだ。

たとえば、住所を書いた紙を全部なくした宅配便を想像すると分かりやすい。

荷物は目の前に山ほどある。

ただ、どれを誰の家へ届ければいいのか分からない。

そこで「たぶん、この家だろう」と配り始めたら、親切どころか新しい事件になってしまう。

倉庫のシステムは、荷物を迷子にしないための地図なのである。

その地図が急に消えれば、トラックも動きようがない。

 

しかも、今回扱うのは食品だ。

「箱の見た目が似ているから、たぶんこれ」で出すわけにはいかない。

数や送り先はもちろん、保存する温度や期限にも気を配る必要がある。

システムがおかしいのに、勘と気合で出荷を続けるほうが危ない。

こんなときだけ昭和の根性論を持ち込んでも、チキンは正しいトラックに乗ってくれないのである。

 

それなら、別の会社に運んでもらえばいいと思うかもしれない。

だが、全国の店で使う量を集め、決められた温度で保管し、毎日それぞれの店へ届けるには、大きな倉庫も人もトラックも必要になる。

今日止まったから、明日から別の会社へお願いしようとはいかない。

町内会の回覧板を隣の人に頼むのとは、わけが違う。

食材を運ぶ会社は、簡単に取り替えられる部品ではない。

だから一社の足が止まるだけで、その先につながる全国の店まで揺れてしまうわけだ。




攻撃されていないKFCが頭を下げることになった話

さて、ここからが本題である。

7月22日、KFCは全店舗で通常営業を再開した。

食材が届かなくなってから、およそ9日。

 

そのお知らせで、KFCはこう書いていた。

本件の発生原因の如何を問わず、商品の安定供給および店舗におけるお客さま体験の維持は、当社KFCの重要な責務である、と。

そのうえで、お客さんと取引先へ深く詫びている。

あわせて発表されたのが、お詫びの特別クーポン「Chicken is back!」

オリジナルチキン4ピースが、通常1,320円のところ1,140円。

7月22日から27日までの6日間だという。

 

ここで、いったん立ち止まりたい。

攻撃を受けたのはニチレイで、KFCは食材が届かなくなった側である。

それなのに、原因が何であろうと自分たちの責務だと言い切り、頭を下げ、チキンを安くして待っている。

律儀にもほどがある。

そこまで背負う必要が、本当にあったのだろうか。

 

ところが、ネットではこのクーポンにも文句が出た。

180円引きでは安すぎる、それで許されると思っているのか、というような声である。

いやいや、待ってくれ。

謝る必要が本当にあったのかすら怪しい会社に向かって、謝り方が足りないと言い出す。

この構図はさすがに気の毒だと思ってしまった。

責める相手が違うだろ、というのはまったくそのとおりである。

 

ただ、なぜこうなるのかも分かる気はする。

僕らの前に立っているのは、いつだって看板を出している会社だからだ。

倉庫の名前は知らない。

誰がトラックを走らせているのかも知らない。

知っているのは、赤い看板とカーネルおじさんの顔だけである。

だから不満の行き先も、看板のある場所へ全部集まってしまう。

 

そのあいだ、本当に扉をこじ開けた連中は何をしていたか。

ずっと黙っていた。

ランサムハウスと名乗るハッカー集団が犯行声明を出したのは、7月21日である。

店が謝り、クーポンを出し、その中身に文句が飛んだあとに、ようやく登場したことになる。

 

店頭で「申し訳ございません」と言い続けたのは、フライヤーの前に立っている人たちだった。

攻撃した側は、その光景を一度も見ていない。

サイバー攻撃で最初に頭を下げるのは、いつも攻撃されていない人たちなのである。




KFC停止から見えたサイバー攻撃の怖さ

サイバー攻撃と聞くと、パソコンの画面に謎の英語が並び、会社の偉い人が青ざめる場面を想像してしまう。

僕ら一般人からすると、正直ちょっと遠い話だ。

「専門の人が頑張って直すんだろう」くらいに感じても無理はない。

 

今回のKFCの件は、その遠かった話を一気に夕食の近くまで運んできた。

サイバー攻撃には、情報を盗むだけでなく、僕らの日常を止める怖さがある。

この「情報ではなく仕事が止まる怖さ」に注目した、システム会社の投稿もある。

実際この障害は、KFCだけで止まらなかった。

スーパーの冷凍食品やアイスの棚、回転寿司のネタ、さらには学校給食の献立にまで届いている。

どこまで広がったのかは、こちらでまとめた。

ニチレイ通信障害|日本がサイバー攻撃の標的になっているという話
ニチレイ通信障害|日本がサイバー攻撃の標的になっているという話KFCで起きた品切れや営業への影響は、チキンだけの話では終わらなかった。 ニチレイへの不正アクセスによるシステム障害の影響は、イオンの...

 

会社のパソコンが止まることと、僕らの暮らしが止まることは、もう別々ではない。

攻撃した側から見れば、狙ったのは一社だけかもしれない。

しかし、その会社がたくさんの店や会社の荷物を支えていたら、困る人は一気に増える。

有名な店を直接狙わなくても、裏で荷物を運ぶ会社を止めれば、その店まで動けなくなる。

まるで離れた場所で倒れたドミノが、最後に近所の店まで倒しに来るような話だ。

サイバー攻撃の姿は見えなくても、空っぽの棚なら誰にでも見える。

 

昔なら注文を紙に書き、在庫を人が数え、電話で「これを何箱ください」と頼む場面も多かった。

今は注文、在庫、倉庫、配送、支払いまでがネットでつながっている。

そのおかげで、僕らはスマホを数回触るだけで、食事も日用品も家まで届けてもらえる。

便利な世の中になったものだ。

ただし、全部がつながっているからこそ、遠くの一か所で起きたトラブルが、こちらの夕食まで走ってくる。

便利な社会は、遠くのトラブルまで近くへ運んでしまう。

 

だからといって、全部を紙と電話へ戻そうという話ではない。

それでは今度は、人が忙しすぎて先に止まってしまう。

必要なのは、ひとつの仕組みが止まったとき、別の道へ切り替えられるようにしておくことだろう。

止まったあとの戻し方まで用意して、初めて本当に便利な仕組みになる。

玄関の鍵を強くするだけでなく、鍵が壊れたときの入り方も考えておくようなものだ。

その意味では、9日で全店を通常営業まで戻した現場は、かなり踏ん張ったほうだと思う。

 

KFCの品切れ騒ぎは、チキンが食べられるかどうかだけなら、いつか笑い話になるかもしれない。

だが、その後ろには会社と会社、倉庫と店、システムと僕らの食卓が一本につながった社会が見えた。

まさかサイバー攻撃の怖さを、パソコンではなくフライドチキンから教わるとは思わなかった。

便利な社会ほど壊れやすい。

正確には、便利さをひとつの仕組みに集めすぎた社会ほど、どこか一か所が止まったときに大きく揺れるのである。

 

ちなみに、その一か所をこじ開けた連中が何者だったのかは、こちらに書いた。

サイバーテロから日本が攻撃を受けている
ニチレイに犯行声明|ハッカー集団ランサムハウスとは何者なのかニチレイを止めた犯人が、自分から名乗り出た。 「ランサムハウス」と呼ばれるハッカー集団が、ダークウェブ上に犯行声明を出したことが7月2...

とりあえず、チキンは戻ってきた。

次に止まるものがチキンだけとは限らないけれど、今週くらいは素直に4ピース買いに行ってもいいのかもしれない。