広島カープ・ゾンビたばこ騒動…溝口勇児との交友をファンが嫌がる理由
いま広島カープが、たばこの煙にすっかり包まれてしまっている。
きっかけは、元内野手の羽月隆太郎が「ゾンビたばこ」に手を出して逮捕された一件だった。
ところが話はそこで終わらず、実業家の溝口勇児まで巻き込む形でまた少しややこしくなってきている。
一人の選手の不祥事だったはずが、いつのまにか「カープというチームは、いや球界そのものは、大丈夫なのか」という話にすり替わっているのだ。
写真が一枚出てきただけで、ここまで疑いが膨らんでいく。
そういう時代なのだが、なぜ溝口勇児との交友がここまで嫌がられているのか。
そして、そもそもプロ野球とゾンビたばこが、なぜこんなに近い距離にいるのか。
そのあたりを、わかりやすく書いていこうと思う。
ネットで飛び交う噂レベルの話も一部含んだ考察になることは、先に断っておく。
目次
ゾンビたばこ問題でカープファンから失望の声
まずは何が起きたのか、ざっと整理しておこう。
2025年の年末、羽月隆太郎が広島市内の自宅で「ゾンビたばこ」を吸引した疑いで、年明けに逮捕された。
ゾンビたばこというのは、エトミデートという成分を電子タバコ風の器具で吸うもので、正体は本来、手術の麻酔に使うような薬だ。
吸えば意識がもうろうとして、手足が震え、ふらつく。
まるでゾンビのようになるから、その名がついたらしい。
2025年に指定薬物になったばかりの、まだ新しい薬物である。
羽月は当初否認していたが、のちに起訴内容を認め、球団は契約を解除。
裁判でも有罪判決を受けた。
ここまでなら、「一人の若い選手が道を踏み外してしまった」という、痛ましいが個人の事件で終わる話だった。
問題は、そのあと。
羽月本人がネットの生配信で、とんでもないことを漏らしたのだ。
「自分を含めて6人が、同じ人物から買っていた」
「周りに吸っているカープの選手がいたから、大丈夫だと思った」──。
おいおい、と言いたくなる。
大丈夫なわけがないだろう。
この一言で、事件は一気に色を変えた。
もう「羽月だけの問題」では、なくなってしまったのだ。
実際、球団は全選手への聞き取りを、改めて行ったという。
ほかに陽性の選手はいなかったとされているが、いちど生まれた疑いは、そう簡単には消えてくれない。
さらに週刊誌には、羽月に薬物を渡したとされる売人──滝口涼介被告を囲むように、現役のカープ選手たちが写った写真が、次々と載った。
「被告」と呼ぶのは、この人物が医薬品医療機器法違反の疑いで再逮捕され、いま裁かれる立場にあるからだ。
写真には、矢野雅哉、小園海斗、田村俊介といった現役選手の名前も取り沙汰された。
ただし、この3人は逮捕されたわけでも、球団から処分を受けたわけでもない。
写真に一緒に写っているというだけで、何かをした証拠にはならない。
それは、大前提として置いておきたい。
そして、その輪の中に、実業家の溝口勇児までいた。
ここから、話がややこしくなる。
溝口勇児との交友が嫌がられる理由
溝口勇児といえば、実業家として名を知られ、格闘技イベントの運営に関わり、ネットでも大きな影響力を持つ人物だ。
その溝口が、なぜ薬物事件の文脈で名前を出されているのか。
本人は7月13日、自身のSNSで釈明している。
違法なことには一切関わっていないと否定したうえで、「正直、自分の脇が甘かったのかな」と、写真については非を認めた。
FLASHの記事の件。
これに関しては一緒に写真を撮った正直自分の脇が甘かったのかなと思っています。
でも滝口被告はプロ野球選手のコンサルをしていると聞いていて、溝口さんのファンだから選手と一緒に写真撮ってと言われたら普通撮ってしまわない?
僕のファンサ意識のせいで無用な心配をおかけしてしまい周囲の人に申し訳ない気持ちです。
これからは写真お断りするかも。— 溝口勇児 | 連続起業家 (@mizoguchi_yuji) 2026年7月13日
「コンサルだと聞いていた」
「ファンに頼まれて撮っただけ」
言い分としては、わからなくもない。
それでも、ファンの胸のざわつきは収まらない。
なぜここまで敏感になっているのか、その理由を丁寧に見ていく必要がある。
写真一枚が持つ意味と、この国がかつて経験したある騒動から、順番にほどいていこう。
一枚の写真が強めたファンの疑念
出回っているのは、滝口被告を中心に、羽月をはじめとする複数のカープ選手、そして溝口勇児が収まった集合写真だ。
先に言っておくと、写真に一緒に写っていることと、違法行為に関わっていることは、まったくの別物である。
大人数の飲み会で、たまたま隣に座った。
頼まれて一枚撮った。
それだけのことは、いくらでもある。
だから写真だけを取り上げて「この人もクロだ」と決めつけるのはフェアじゃない。
それでも、カープファン・野球ファンはざわついてしまう。
その理由は、どこにあるのか?
というのも今このご時世、
- 誰と付き合っているか
- どこへ出入りしているか
- 誰と並んで写真に写ったか
そのすべてが見られてしまう時代なのだ。
会社で、評判のよくない相手とばかり飲みに行っていれば、本人にその気はなくても「あの人とつるんでる」と陰で言われる。
あの感じに近い。
実際に悪いことをしていなくても、「あの人と一緒にいた」という事実だけで、勝手に意味を読み取られてしまう。
まして、相手はプロ野球選手であり、影響力のある実業家だ。
応援している人がいて、憧れている子どもがいる。
いわば、その人生そのものが値打ちになっている人たちである。
その人が、逮捕された売人と同じフレームに収まっている。
それだけで、ファンの胸には小さなしこりが残る。
溝口の場合、過去にも似たような写真をめぐる指摘を受けたことがあった、という話まで蒸し返されている。
真偽はともかく、「またこの人か」という声が出やすい土壌が、もともとあったのだろう。
吉本反社騒動で何も学ばなかったのか?
ここで思い出されるのが、2019年の『あの騒動』である。
人気芸人たちが、反社会的勢力の会合に顔を出し、写真を撮り、金銭まで受け取っていた。
週刊誌がそれを報じ、世間は大炎上。
謹慎、契約解除、社長の長い長い会見……。
芸能界全体が「反社とは付き合いません」と頭を下げる、そんな騒ぎになった。
あのとき、多くの人はどこかで「芸能界って怖いな」と、他人事のように眺めていたと思う。
それが今度は、スポーツの世界で、よく似た構図で繰り返されている。
だから「あれだけ大きな騒ぎがあったのに、何も学ばなかったのか」と言いたくなる人の気持ちもよくわかる。
ただ、ここで一つ、見方を変えておきたいところもある。
これは「危険人物を見抜けたかどうか」という目利きの話ではないと思うからだ。
相手が売人かどうかなんて、顔に書いてあるわけじゃない。
見抜けというほうが、酷だ。
そうではなくて、プロとしての危機管理が、あまりに甘かったのではないか。
本当の問いは、そこにあると感じている。
『李下に冠を正さず』という言葉がある。
スモモの木の下で冠をかぶり直せば、実を盗んでいなくても、盗んだと疑われる。
だから、疑われるような場所には、そもそも近づかない。
人前に立つ人間が長く支持されるために、昔から言われてきた知恵である。
体調管理も、イメージ管理も、法を守ることも、プロアスリートにとっては仕事のうち。
言い訳なら、いくらでもつく。
- 知人に誘われた
- ファンサービスのつもりだった
- シーシャバーだと聞いていた
どれも、悪気はなかったのだろう。
でも、その悪気のなさこそがいちばん危ないのかもしれない。
プロ野球選手とゾンビたばこの接点
ここまで来ると、こんな疑問が湧いてくる。
そもそも、なぜプロ野球選手のまわりに薬物系の話が多いのか?
先に断っておくが、これから書くのは「だから選手が薬物に手を出した」という決めつけではない。
あくまで、こういう話が入り込みやすい背景には、どんなものがあるのか。
そこを、一般論として考えてみたい。
まず、野球界には長らく、喫煙の文化が根強く残ってきた。
昔は移動のバスが煙で真っ白になるほどで、選手の7割8割が吸っていた、なんて証言もあるくらいだ。
ストレスの多い世界だから、一服して切り替える。
そういう習慣が、当たり前のように続いてきたようだ。
いまでこそ時代とともに喫煙者はぐっと減ったが、それでも他の競技に比べれば、たばことの距離は、まだ近い世界ではある。
そして、たばこの延長線上に、シーシャ、いわゆる水たばこがある。
都心の会員制バーなどで、ゆっくりくつろぐ。
若い選手が、球界の外の人間とつながる場にもなりやすい。
悪意のある誘いは、たいてい「リラックスした場所」の顔をしてやってくる。
さらに、あの厳しい上下関係。
「周りに吸っている選手がいたから大丈夫だと思った」という羽月の言葉が、そういう世界を物語っている。
部活のころ、先輩が「いいから」と差し出してきたものを、一年坊主のうちに断れただろうか。
あの断りにくさが、大人になっても、プロの世界にも、形を変えて残っている。
オフシーズンや、遠征先の夜。
ふだんは会わないような人間と、ふっと距離が縮まる時間帯がある。
そこへ「シーシャだよ」と偽って、危ないものが差し出される。
断れない空気の中で、いつのまにか一線を越えてしまう。
そういう筋書きは、想像に難くない。
こう並べてみると、野球界が長く抱えてきた「男くさい集団主義」や「夜の付き合い」といった文化が、いまの時代の薬物リスクと、ちょうど噛み合ってしまう場所にあるのがわかる。
個人の意志の弱さだけの問題にしてしまえば、たぶん、また同じことが起きる。
阪神・藤川監督の禁煙方針が再評価
こういう流れの中で、いま静かに見直されているのが、阪神・藤川球児監督の方針だ。
藤川監督は2024年の就任直後、チームの活動中は全面禁煙というルールを打ち出していた。
選手も、コーチも、スタッフも対象だ(プライベートの時間は別)。
当時は「厳しすぎるのでは」という声も、少なからずあったと思う。
理由は、健康のためだけではないという。
集中力や、体の回復。
パフォーマンスそのものを上げるためだ、と。
藤川監督自身が元は愛煙家で、禁煙に成功した経験があるからこその説得力もある。
大リーグでたばこを吸う一流選手はそういない、といった趣旨のことも語っていたらしい。
当時は「意識が高いなあ」くらいの受け止めだったかもしれない。
でも、今回の一件を経て、この方針の見え方が、ずいぶん変わってきた。
たばこを断つ。
一見、小さなルールだ。
でも、これは入口の話なのだと思う。
グラウンドの外での振る舞いにまで、チームとして線を引いておく。
それは、薬物や違法行為といった、もっと危ないものを遠ざける、最初の一歩でもある。
子どもが憧れる存在であり続けるために、球団としてどうあるべきか。
そこまで含んだ、危機管理の話だったのだと、いまになって腑に落ちる。
ざわつくのかな、と思ったら人が少なすぎて静かでした。() pic.twitter.com/g1yxsp5Omn
— ひろ (@carp_boy2004) July 14, 2026
もちろん、ルールでガチガチに縛れば万事解決、なんて単純な話ではない。
それでも、ロッテや日本ハムなど、ほかの球団でも似た取り組みは広がっているし、球界全体が変わろうとしているのは、間違いなさそうだ。
羽月隆太郎という若者が失ったものは、あまりに大きい。
もう、元には戻らない。
その痛みを、たった一人の選手の弱さで片付けてしまえば、きっと球界は、何も変わらないままだろう。
今回のことを、「プロとして、グラウンドの外でどう生きるか」を問い直すきっかけにできるのかどうか。
この煙が球界に残したものはなんだったのか。
僕はそこを、静かに見ていたいと思う。