新庄剛志のモトクロスの腕前がプロ級!バリ島でドハマりした理由

2022年北海道日本ハムファイターズでの活躍が期待されている新庄剛志BIGBOSSだが、実はバリ島に移住していた際にモトクロスにハマっており、なんと腕前もプロ級だったことをご存知だろうか?

今回はそんな新庄剛志とモトクロスの関係について迫ってみようと思う。

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新庄剛志はなぜモトクロスを始めたのか?

新庄剛志がモトクロスを始めたのはバリ島でのことだ。

そこでモトクロスをしている人を見て、「自分にもできる」と思ったのがきっかけ。

そしてバイクを借り、実際に走ってみるとうまくいかない。斜面を駆け上がってジャンプしてみるも大転倒して足を負傷したのだが、その時こころの中で「めちゃくちゃ面白い」と思ったのだそう。

元々、新庄は逆境に立たされると非常に燃えるタイプらしく、この時も「もっと上手くモトクロスを走らせられるようになりたい」と火がついた。

しかし、よく考えてみると新庄剛志がモトクロスを始めたのが2011年頃。年齢としては37-8歳くらいのころだと思われるのだが、いわゆるアラフォーの年齢からモトクロスに挑戦するのはかなり凄いことだ。

ロードレースとは違い、モトクロスはダートコース(凸凹の荒れた道)を走り、とんでもない高さでジャンプしたりと滅茶苦茶アクロバティック。実は僕も十代の頃にモトクロスをかじっていた時期があるのだが、中年のおじさんが思いつきで始めるようなものではない。

もちろん、新庄がただの中年のおじさんでないことは承知のうえだが、人の頭の高さ以上にジャンプするモトクロスバイクを見て「できそう」と思ってしまうところはやはり只者ではないという感じだ。

バリではバイクにハマったようだ。後ろにモトクロスバイクも見える。

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新庄剛志がモトクロスにハマった背景にあるもの

それから新庄剛志はモトクロスにドハマリする。

『うまくできないことが上手くなるまでやる』

このような逆境にこそ燃えるマインドは新庄ファンなら誰もが知るところだが、実は新庄剛志がモトクロスにハマった背景には、ある一つの事件があった。

バリ島でモトクロスにハマっている新庄剛志

新庄剛志はプロ野球現役を退いた後、一人、バリ島への移住を始めた。

バリ島で住もうと思い至ったのは、仕事でバリ島に訪れた際、「誰も自分のことを知らない。だれも自分のことを気にかけないし、見ても居ない」というところに感銘を受けたのが一番の理由だ。

当時、新庄剛志はどこにいっても注目を浴び、プライベートが侵されて嫌な思いも沢山していたという。しかし、バリ島では誰もが自由に好きなことを楽しみ、自分自身も同じようにその自由な時間を楽しむことができる。その事実に気づいたその瞬間にバリ島移住を決めたとのこと。

一般ピーポーの我々にはなかなか理解しがたいことだが、新庄にとって『誰にも注目されず、静かに暮らすことに喜びを感じてしまうのには、実は大きな理由がある。

それは新庄が現役を引退する際、身内同然に付き合ってきた人に自分の財産のほとんどを使い込まれてしまったことで、精神的にかなり疲弊していたからだ。

底抜けに明るい性格の持ち主である新庄でさえも、さすがにこの件については後の自伝で「辛かった」と話している。

なんせその額20億円超。

過去、矢沢永吉が似たような詐欺に遭っていた。この時もやはり腹心が裏切るというパターンだった。ちなみに矢沢永吉は35億円の借金を背負ったが完済していて、矢沢永吉も周りからBOSSと呼ばれている。

結局、その人から返ってきたのは8,000万円ほどで、後は泣き寝入り。バリ島という異国の地で一人の時間を過ごしたいという気持ちもわからなくはない。

だからこそ、モトクロスに熱中することでツラい気持ちが消していた部分があったのだろう。

何か新しいことで、うまくできそうでできないこと。それこそが新庄に嫌なことを忘れさせてくれるものだったのではないかと思うのだ。

あるインタビューでは「モトクロスは野球の50倍面白い」と答えていたこともあったが、当時、その背景にオフロードバイクに打ち込んでしまいたい状況があったことは、まだ世間には伝えられていなかった。

全てを消化できるようになってからこのことは公になったが、自分のツラい部分を表に出さない新庄剛志は素直に格好いいの一言だ。

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モトクロスの腕前がプロ級で凄い!

そんな新庄剛志のモトクロスの腕前はかなりのもので、一時期本気でプロを目指すくらい練習にも打ち込んでいたそうだ。

ライセンスも取得しているそうで、そのために約1000万円を投じ、自宅の近くの土地をモトクロスバイクのコースにしたくらいだ。

太っ腹なことに、近所の人にはコースを無料で開放して、時々『新庄杯』と銘打った本格的なレースも開催していたという。ちなみに優勝者には賞金や商品なども用意していたとのこと。

そして、2013年放送の『炎の体育会TV』でその腕前を披露。

なんと乗用車5台を並べ、その上をモトクロスバイクでジャンプするという大技に挑戦し、見事成功させて番組を湧かせた。

その後、2016年放送回では10台超え(長さ25m)の大ジャンプにも挑戦したみたいだが、それを遥かに越えるジャンプを見せてくれた。

しかし、モトクロス場があった最初の豪邸は2019年頃に引き払い、48歳でプロ野球選手にカムバックするという夢を見つけてからはモトクロスの熱も冷めてしまったようだ。

残念ながら現役選手としてのカムバックは果たせなかったが、2021年11月に北海道日本ハムファイターズの監督として再び日本のプロ野球界に戻ることが決まった。

ただ、その年の2月頃にはインスタで「またこの距離飛びに行こう!!」とモトクロスで大ジャンプしている様子をアップしていたので、またどこかでパフォーマンスの一貫としてその姿を披露する機会があるかもしれない。

ビッグボスとしてそんなパフォーマンス見られたら痛快だ。

またその時を楽しみに待ちたいと思う。

余談だが、なんと元阪神タイガースのピッチャー下柳剛もモトクロスをしているのだとか。野球選手の身体能力って凄すぎない…?

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モトクロスで学んだ人生の教訓

モトクロスでもプロ級の腕前を持つ新庄剛志だが、なんといってもチャレンジ精神が素晴らしい。

最初はバイクでコケまくって怪我も多かったそうだが、その度にコツを掴んでいったという。毎日毎日練習して、プロレーサーとして世界を回ろうと考えていたくらい本気になって打ち込んだ。

新庄剛志は自著「わいたこら。」で次のように語る。

モトクロスは、どれだけ上達してもこけるときはこける。転んでなんぼ、みたいなところがある。

派手に転んで、倒れたバイクを立て直して、またエンジンをかけて走り出す。倒れても倒れても、また走り出す。

僕は、「倒れてもまた走り出せばいい」って、自分に言い聞かせるためにモトクロスをやっていたような気もする。

そこには選手時代のスマートな新庄剛志像はなく、泥臭く逆境に立ち向かう男の姿が描かれている。

もちろん、表舞台に立つ時はそんな汗にまみれて努力している姿は一切みせない。涼しい顔で周りの期待に応えるヒーローの演出を徹底している。

時には失敗することがあっても、また立ち上がって走り出す。

そんな当たり前のことを、新庄剛志は我が身を持って教えてくれているような気がしている。

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