KFCで起きた品切れや営業への影響は、チキンだけの話では終わらなかった。

ニチレイへの不正アクセスによるシステム障害の影響は、イオンの一部欠品や、くら寿司での食材未着・提供遅れにも広がっていると報じられている。

仕事帰りにKFCへ寄る。

スーパーで冷凍食品を買う。

休日に家族で回転寿司へ行く。

僕らの暮らしは、こういう小さな予定が普通に動くことで成り立っているが、今回のこの問題は、ひとつの会社で起きたシステム障害が、「今夜、何を食べるか」という相談にまで入り込んできたことだ。

 

そこで気になるのは、次の3つである。

  • なぜニチレイと書いていない商品まで消えたのか
  • たった一社で、日本の食卓はなぜここまで揺れたのか
  • 病院や役所まで止まったらどうなるのか

 

ちなみにこの障害をめぐっては、7月21日にハッカー集団「ランサムハウス」が犯行声明を出している

要求は身代金で、狙いは日本の食卓ではなく、単純に金だったようだ。

ところが目的が金でも、実際に止まったのは僕らの夕食と、子どもの給食である。

 

ここから先は、公表された事実を土台にした考察も含む。

犯人が何者なのかは別の記事にまとめたので、こちらでは僕らの側の話をしたい。

ちょっと怖い話をしてみようと思う。

イオンやくら寿司に影響が広がると、夕食の逃げ道が減っていく

前回の記事を見てもらえば分かるが、原因は供給元のニチレイである。

KFCが直接攻撃されたわけではないという仕組みは、こちらで詳しく書いた。

お客さんのいないKFC
KFCが品切れになった本当の理由…サイバー攻撃で日常が壊れる恐怖KFCで商品の一部品切れや臨時休業が起きるかもしれないという。 それはそれで困ったことだが、今回わかったのはチキンの在庫よりもっと大き...

 

今回は、その先の話。

イオンやくら寿司のような外食産業にまで影響が出ると、僕らはどれくらい困るのか。

たとえば残業で帰宅が遅くなり、「今日はKFCでいいか」と思ったら買えない。

仕方なくスーパーへ寄ったら、頼りにしていた冷凍食品も一部欠品している。

ならば家族でくら寿司へ行こうと店に入ったら、子どもの好きなネタが届いていない。

夕食の作戦が思い通りにいかない。

 

もちろん、今回すぐに日本中の食べ物が消えるわけではない。

しかし、影響を受ける品数が増えれば、最初に失われるのは食事そのものよりも「選べる余裕」である。

冷凍食品は手抜きの象徴ではない。

仕事、家事、子どもの予定が重なる平日の食卓を、ベンチから何度も救ってくれる名リリーフだ。

その投手まで登板できないとなれば、代わりに誰かが時間と手間を払うことになる。

品切れで本当に減るのは、商品の数より、暮らしの余白なのだ。

 

くら寿司への影響を伝えた投稿がある。

回転寿司のレーンが元気に回っていても、ネタが届かなければ寿司にはならない。

「ほかの物を食べればいい」と言うのは簡単だが、家族で外食する日は、食べ物だけを買っているわけでもない。

子どもが楽しみにしていた時間や、作らなくていい夜や、片づけをしなくていい30分も一緒に買っている。

だから食のインフラが止まったとき、困るのは胃袋だけではない。

家族の予定まで、見えないところから書き換えられてしまう。

ニチレイと書いていない商品まで消えたのはなぜか

ここで、多くの人が首をかしげたことがある。

スーパーの冷凍食品コーナーが、ニチレイの棚だけスカスカになったわけではなかったのだ。

貼り紙に書いてあるのは「取引先から出荷できない」。

ニチレイの名前すら出てこない。

それどころか、報道ではアイスの売り場まで空いたと伝えられている。

いやいや、待ってほしい。

アイスはニチレイの商品ではない。

なぜ関係のない会社の商品まで、同じ日に消えてしまうのだろうか。

 

種明かしをすると、ニチレイの本業は冷凍食品を作ることだけではない。

ニチレイロジグループは、他社の商品を預かって運ぶ低温物流の最大手なのである。

関連施設を含めた冷蔵倉庫は約140か所、取引先は約5000社。

つまり、まったく別の会社が作ったアイスも、ハンバーグも、春巻きも、同じ冷たい道路の上を走っていた。

冷凍庫の裏側では、ライバル同士が同じ倉庫に相乗りしていたというわけだ。

 

だから止まったのは、ニチレイの商品ではなく「冷たい道路」のほうだった。

看板の違う商品が同じ日に一斉に消えたのは、そういう理由である。

普段は最強の効率が、たった一日で最大の弱点に変わった。

 

そして、影響は買い物カゴの中だけでは終わらなかった。

報道によると、仙台市では小中学校4校の約680食で、プリンが他社の商品やアイスへ差し替えられ、17日にはゼリーと冷凍春巻きが別のメーカーの品になったという。

秋田市では予定していたハンバーグが届かず、別の会社の鶏肉へ変更。

市内40校の献立が、16日から17日にかけて書き換えられた。

 

今日の給食は何かな、と朝に確認するあの紙。

子どもにとっては、一日のうちで数少ない楽しみの一つである。

顔も名前も知らない誰かが送りつけた不正アクセスが、そこまで届いていた。

ハンバーグが鶏肉に変わったくらいで大げさな、と言われるかもしれない。

ただ、給食のメニュー表というのは、栄養価も、アレルギーの確認も、調理場の段取りも全部載せて動いている紙だ。

一行変えるために、大人が何人動いたのかを思うと、ちょっと気が遠くなる。

イオンの欠品、外食の品薄、給食の差し替え。

ばらばらのニュースに見えて、全部たどっていくと同じ倉庫に着く。

日本が狙われているのではないか?

ここから、ニュースが示唆する『怖い話』をしていく。

ひとつの不正アクセスで、KFC、イオン、くら寿司、そして学校の給食にまで影響が出た。

攻撃されたのは、たった一社のサーバである。

一社が止まっただけで、国民の食卓がここまで揺れるものなのだろうか。

 

ここで僕が引っかかっているのは、犯人が日本を選んだのかどうかではない。

この国が、一か所を止めるだけでこんなに広く揺れる作りになっているという事実のほうだ。

狙われているというより、揺らしやすい。

攻撃する側から見れば、これほど費用対効果のいい相手もいない。

おまえだったのか、いつも物流を支えてくれていたのは。

この一言に、今回の話の全部が入っている気がする。

 

日本の物流は、長いあいだ効率を上げる方向へ走ってきた。

在庫は持たないほうがいい。

倉庫は共同で使ったほうが安い。

配送はまとめたほうが早い。

どれも正しくて、そのおかげで僕らは安い冷凍食品を当たり前に買えている。

 

ただ、無駄を削るというのは、いざというときの逃げ道を削ることでもある

クラスの掃除当番を一人にまとめれば効率はいいが、その子が休んだ日に教室は誰も掃除できない。

今回起きたのは、それの全国版だった。

 

もうひとつ、日本の食を運ぶ現場には、委託と再委託が幾重にも重なっている。

倉庫の管理、配送、システムの保守、給食の調理。

それぞれ別の会社が担い、その会社がまた別の会社へ頼む。

関わる会社が増えるほど、扉の数も増えていく。

守りの一番弱いところが、その全体の入口になる。

 

この件をめぐっては、サイバー攻撃はもはや一大経営課題であり、最優先で考えなければならないという識者の指摘も出ている。

ごもっともだと思う。

ただ、これは各社が塀を高くすれば終わる話でもない。

自社の塀を完璧にしても、隣の家の窓が開いていれば、そこから入られて同じ道路が止まるからだ。

 

そして7月21日、その扉を押した相手が名乗り出た。

ダークウェブに犯行声明を出したのは、ランサムハウスと呼ばれるハッカー集団だという。

要求は実にシンプルで、機密データの流出を防ぎたければ連絡してこいという脅しである。

国家の作戦でもなければ、日本への警告でもない。

ただの商売だ。

なお、ニチレイ側は外部へのデータ流出は現時点で確認されていないとしている。

 

この声明を読んで、僕はしばらく考え込んでしまった。

金を取りにきた誰かは、仙台の給食の献立なんて一度も見ていない。

秋田の40校でハンバーグが鶏肉に変わったことも、たぶん知らないままだろう。

目的は金だけなのに、被害は子どもの昼ごはんにまで届いてしまった。

この釣り合わなさが、どうにも飲み込めない。

 

だからこそ、僕がいちばん嫌だなと思うのはここである。

犯人が天才的な黒幕でなくても、社会のつくりが被害を何倍にも増幅してしまう。

明確な宣戦布告なら、相手を警戒することもできる。

しかし、弱い場所を探している誰かが適当に扉を押しただけで全国の棚が空くのなら、次にどこから来るかなど分かりようがない。

 

ランサムハウスが何者で、どうやって入り込んだのかは、こちらで詳しくまとめた。

サイバーテロから日本が攻撃を受けている
ニチレイに犯行声明|ハッカー集団ランサムハウスとは何者なのかニチレイを止めた犯人が、自分から名乗り出た。 「ランサムハウス」と呼ばれるハッカー集団が、ダークウェブ上に犯行声明を出したことが7月2...

病院や役所まで止まる可能性について

今回のニチレイの障害によって、病院や行政が止まったという事実は確認されていない。

ただし、食の周辺から侵入した攻撃が、病院の診療を止めた実例はある

 

2022年、大阪急性期・総合医療センターがランサムウェア攻撃を受け、電子カルテなどのシステムが使えなくなった。

調査報告書によると、攻撃者は病院が委託していた給食事業者のシステムへ侵入し、そこから病院内の給食サーバー、さらに電子カルテなどの基幹システムへ進んだと推定されている。

入口は給食、行き着いた先は電子カルテだった。

この侵入経路を伝えた投稿がある。

さきほど書いた「守りの一番弱いところが全体の入口になる」を、そのまま実演してしまった事件である。

KFCやくら寿司の話から病院の話へ移るのは、想像を大きくしすぎているように見える。

しかし過去には、その二つを「食」という細い接続先が本当につないでしまったのだ。

 

2021年には、徳島県のつるぎ町立半田病院もサイバー攻撃を受けた。

電子カルテが見られず、救急や外来、予定手術などに影響が出て、紙のカルテを使う状態が約2か月続いた。

当時の状況を伝えた投稿がある。

病院は、お医者さんと薬があれば動くように見える。

だが実際には、患者の病歴、検査結果、薬の内容、手術の予定、会計までが画面の向こうでつながっている。

それが見えなくなれば、「念のため確認します」が何度も必要になる。

昼食が30分遅れるのと、救急の判断が30分遅れるのとでは、同じ30分でもまったく重さが違うのだ。

 

役所でも事情は変わらない。

住民票、税金、福祉、保険、災害時の支援などは、窓口の向こうにあるデータで動いている。

職員が席にいても、必要な情報を呼び出せなければ、いつもの手続きは進まない。

「紙に戻せばいい」と思うかもしれないが、そんなに簡単な話なのだろうか。

紙は魔法のバックアップではない。

書き写し、照合し、別の部署へ運ぶ人が必要になり、待ち時間と間違いの可能性が増える。

便利になった社会は、人を減らしたのではなく、人の仕事を見えない仕組みの中へ移しただけなのだ。

 

だからといって、今すぐ冷凍食品を買い占める必要はない。

ニチレイの業務も、7月17日から順次再開して通常稼働へ戻る段階に入っている。

僕らが今回の件から受け取るべきなのは、パニックではなく警告だ。

ひとつの会社、ひとつの委託先、ひとつの接続口が止まるだけで、夕食の予定から子どもの給食まで揺れることがある。

 

サイバー攻撃の本当の怖さは、パソコンの画面に不気味な文字が出ることではない。

昨日まで普通だった一日が、見えない誰かの操作で普通ではなくなることだ。

犯人の名前は、もう出た。

ランサムハウスという、金が目当ての集団だった。

それでも僕らの側に残る宿題は変わらなくて、どこが止まると何が困るのかを、先に考えておくことなのだろう。

今回スーパーの棚に空いた穴は、その入口をちょっとだけ見せてくれたのかもしれない。