「ちいかわの映画、あれはホラーだ」という声が、ネットにあふれている。

かわいさなら日本の頂点に位置するであろうキャラクターが、である。

最初に言っておくと、この映画は観に行くのに勇気を要するようなホラー映画ではない

ジャンルで言えば島を舞台にした冒険もので、年齢制限のない、れっきとした子供向けの夏休み映画だ。

それなのに、観てきた大人たちが次々と「ホラーだった」「サスペンスだった」と言いながら劇場から出てくる。

なぜ、こんなことになっているのか?

気になって作り手側を調べてみたら、これがなかなか面白かった。

この映画、作った人たちの顔ぶれが普通じゃないのだ。

今回もネタバレなしで、映画『ちいかわ』がああなった理由を「作り手」の側から解説していこうと思う。

観た大人がホラーと呼び始めている

まず、いまネットで何が起きているのかを整理したい。

観てきた人たちの感想が、かわいいキャラクター映画のものとは思えないことになっている。

ラストで子供は絶句し、大人は戦慄する、とのこと。

物騒にもほどがある。

劇場のあちこちで、お父さんたちが同じ言葉を呟いているらしいが、その気持ちはわからなくもない(笑)

先日、話題になっていたので小学生の子供を誘って観に行った僕も、帰りにはカツアゲにあった後の中学生みたいな顔をしていたからだ。

 

ただ、怖がりの人のために一度だけ整理しておくと、ホラーと言っても方向が違う。

お化けが飛び出すわけでも、血みどろの描写があるわけでもない。

かわいい顔のまま、心理的にじわじわ追い詰めてくるタイプの怖さである。

見た目はかわいいのに、後味は完全にサスペンスというわけだ。

ある人は「ミッドサマー」と言い、ある人は「サイレントヒル」と言い、ある人は「ミスト」と言う。

改めて言うが、観たのは『ちいかわ』である。

では、なぜ年齢制限なしの夏休み映画が、こんなことになっているのだろうか。

その答えは映画の中身ではなく、制作陣のガチっぷりにあったのだ。

ちいかわは子供向けアニメではなかった

種明かしの前に、ひとつ前提を壊しておく必要がある。

そもそもちいかわは、子供向けに作られたキャラクターではない

原作は、イラストレーターのナガノが2020年からX(旧Twitter)で発表してきた漫画だ。

出版社の連載でデビューしたわけではなく、ネットの投稿から社会現象になった、かなり珍しい生い立ちである。

 

なので、最初に飛びついたのは、子供ではなく大人たちだった。

かわいい見た目の裏で、キャラクターたちは草むしりや討伐で日銭を稼ぎ、ときどき理不尽な目に遭う。

「かわいい」と「世知辛い」の同居が、ちいかわの本体なのだ。

要はアメリカのアニメ『サウスパーク』の日本版みたいなノリだが、ファンからすれば、「なんで子供向けだと思われてるの?」のほうが正しい感覚だったりするのかもしれない。

 

状況が変わったのは、テレビアニメが朝の『めざましテレビ』の中で流れるようになってからだ。

子供のファンが一気に増え、グッズが売れ、いつの間にか「ちいかわ=子供のもの」という空気ができあがっていった。

アニメの見逃し配信は4億回を超え、キャラクターの賞を3度も獲る国民的コンテンツへ育った。

ただ、原作の根っこは変わっていない。

今回、映画『ちいかわ』では、その根っこを隠さずに出してきたということだ。

本性剥き出し、で。

昔、流氷の天使クリオネの捕食シーンをみて、子供ながらにビビったことがあるが、ちいかわにもそんな人に見せてはいけない部分があるのかもしれない。

詳しくみていこう。

普通ならキャラ映画は丸くなる

ここで、アニメ業界あるあるの話をしたい。

人気キャラクターのアニメ映画は、普通「製作委員会」という仕組みで作られる。

テレビ局、広告会社、おもちゃの会社……いろんな会社がお金を出し合って、リスクを分け合う方式だ。

資金の面ではありがたい仕組みなのだが、ひとつ副作用がある。

お金を出した会社の数だけ、意見も増えるという問題だ。

「子供が怖がる場面は削りましょう」

「グッズにしやすいシーンを増やせませんか」

クラス全員の意見を聞いて決めた文化祭の出し物が、だいたい無難な合唱に落ち着くのと同じで、関わる大人が増えるほど、作品は角が取れて丸くなる

原作はダークなのに映画はマイルドという現象は、たいていこうやって生まれてしまう。

 

だから世間の予想も、当然そちら側だった。

どうせちいかわの映画も「かわいくマイルドに仕上げてくるんでしょ」と。

特典ほしさに「1回くらいは観とくか」で入った人が、音響と作画の力の入り方に驚いて帰ってくる。

舐めてかかった人から順番に殴られている構図である。

ちいかわ映画は、丸くならなかったのだ。

なぜそんなことが可能だったのか。

ここからが、この記事の本題になる。

原作者が脚本まで書いていた

公式のスタッフ一覧を見ると、まず目を疑う項目がある。

  • 原作・ナガノ
  • 脚本・ナガノ

そう、原作者が自分で脚本を書いているのだ。

普通のアニメ映画で、原作者の役割は「監修」あたりまでのことが多い。

レシピを考えた本人が厨房に立ち、味付けから盛り付けまで全部やっている個人店のようなもので、これはかなり珍しい。

しかも完全監修付きで、主題歌の作詞までナガノである。

こうなってきたら、完全に「ナガノ・ワールド」だ。

夢の国にようこそ。

 

さらにエンドロールを見た人たちから、こんな報告が相次いでいる。

総作画監督の欄にまでナガノの名前があるというのだ。

脚本を書き、歌詞を書き、絵の仕上がりまで自分の目で見る。

ここまで来ると、監修というより「本人が作っている」に近い。

 

そして、それを可能にした仕組みのほうも面白い。

この映画のとりまとめ役は、QTORYという2024年にできたばかりの会社だ。

ちいかわの権利を管理する会社と、『すずめの戸締まり』などを手がけてきた映画の企画会社が、一緒に立ち上げた合弁会社である。

つまり、ちいかわの権利を持っている側が、映画作りの中心に座っている格好だ。

 

念のため書いておくと、この映画にも製作委員会自体はある。

ただ、その真ん中にいるのが権利者側の会社なので、外から「もっと子供向けにマイルドにしよう」という横やりが入りにくい形だったのではないか、という見方がネットで広がっている。

クレジットを眺めた人からは、こんな声まで上がっていた。

出版社の連載を経ずにX発で育ったちいかわは、権利の形まで普通の漫画と違う——ということなのだろう。

ゲスト声優に話題作りの芸能人を呼ばず、本職の声優でキャストを固めているあたりにも、方針は表れている気がする。

作品を守れる人が、作品を守れる場所に立っている

それがこの映画の、いちばんの「ひみつ」なのかもしれない(あらやだ)。

作画も音楽も人選がおかしい

方針がどれだけ本気でも、作る腕がなければ映画は成立しない。

そこでスタッフ表の続きを見ると、また声が出ることになる。

アニメーション制作は、サイピク(CygamesPictures)。

『ウマ娘』の劇場版を手がけた、作画とアクションで鳴らしたスタジオである。

 

テレビアニメ版とは別の会社で、映画のためにわざわざ布陣を変えてきた形だ。

かわいいキャラを愛でるだけの映画なら、ここまでの馬力は要らないはずである。

それなのに、連れてきた。

観た人たちの報告が、もはやかわいい子供向け映画のそれではない(笑)

監督も『ウマ娘』シリーズなどを手がけてきた及川啓で、静かな場面の緊張感に定評のある人であるところも見逃せない。

 

そして個人的に一番痺れたのが、音楽である。

担当はトクマルシューゴと上水樽力。

ざっくり紹介すると、トクマルシューゴは、音楽好きの間で長く愛されてきたインディーズ出身のミュージシャンだ。

流行りのアーティストを主題歌に呼ぶ、あの定番のやり方を選ばなかったことになる。

この「なの!!!!????」に、人選の意外さが全部詰まっていると思う。

長年のファンが「ちいかわの楽曲にとって完璧な存在」と言い切るほどの相性である。

劇中では、無邪気で幻想的な歌声がかわいさと不穏さを同時に運んでくる。

効果音まで生々しく作り込まれているという感想も多い。

絵も、音も、逃げ場なく本気。

この布陣で原作のダークさを直球でやられたら、大人が無傷で帰ってこれるわけがないのだ。

あのヤバさは事故ではなく仕様だった

ということで、個人的にグッときたところをまとめてみた。

原作者が脚本を書き、権利を持つ側が作品を守れる形を組み、本気のスタッフが集まった。

その結果、原作のダークさが薄まらないままスクリーンに出てきた

「ホラーみたいだ」と言われるあの仕上がりは、事故ではなく完全にプロ集団が仕掛けてきた仕様なのである。

 

ついでに言うと、「忖度なし」は制作側の宣言ではない。

出来上がったものを観た人たちが、勝手にそう呼び始めただけだ。

作り手は何も言わず、結果だけで語っている。

かっこいいじゃねぇか。

 

この「作った人たち」の話を知ってから観ると、映画は二度おいしいことになる。

意味がわかったあとの2周目は、かわいい合宿ものが最悪のサスペンスへ変貌するらしい。

そして、まだ観ていない側では、こんなことが起き始めた。

音楽目当てだった人まで、中身に引きずり込まれ始めている。

 

僕はもう観てしまったので、何も知らずに殴られるあの初回を二度と体験できない。

だから白状すると、まだ観ていない人が少しうらやましいのだ。

かわいいと思って油断して行くもよし、覚悟を決めて行くもよし。

ただ、どちらで行っても、作った人たちの本気からは逃げられない。

肝心の映画の中身が気になってきた人は、ネタバレなしの感想を前回の記事に書いているので、覚悟の材料にでもしてもらえたらと思う。

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