死産した子どもを自宅の冷凍庫に3年8カ月置き続けた母親に、大阪地裁が有罪判決を言い渡した。

拘禁刑3年、保護観察付きの執行猶予5年という内容だった。

子どもの入った袋には、「大好きだよ」と書かれたメモが貼られていたという。

そして母親が法廷で語った理由は、「ずっと一緒にいたくて」だった。

この言葉がどうにも頭から離れなくて、今回はこの事件のことを僕なりに書いてみようと思う。

死産した子を冷凍庫に3年8カ月

報道によると、母親は30代の女性で、2022年8月ごろ、自宅でたった一人で子どもを産んだ。

妊娠には気づいていて、産むつもりでいたという。

栄養に気をつけ、アプリを使って胎動や心音を確かめていたそうだ。

ところが、出産の1週間ほど前から、その胎動と心音が感じられなくなる。

お腹の中で亡くなっているのではないかと思いながらも、幻聴の症状などがあって、病院には行けなかった。

周りに助けを求めることもできないまま、一人で産んだ。

しかし、生まれた子は、息をしていなかった。

 

母親は小さな体をきれいに洗い、その日は一緒に眠ったという。

そして、無事に生まれていたら着せようと思っていた服を着せ、袋に入れて、冷凍庫にしまった。

そのまま、3年8カ月が過ぎた。

 

見つかったのは、今年の4月である。

発覚のきっかけは、この事件とはまったく関係のない通報だったという。

自宅を訪れた警察官の捜索で、冷凍庫の中から子どもが見つかり、あわせて覚醒剤や大麻などの違法薬物も出てきた。

問われた罪は、死体遺棄と薬物の罪。

死体遺棄というのは、亡くなった人を葬儀や火葬といった弔いに付さず、放置したり隠したりしたときに成立する罪である。

母親は起訴された内容をすべて認め、8月7日、冒頭の判決が言い渡された。

この事件を表面的に捉えるなら、たしかにひどい事件だと思う人も多いだろう。

ただ、この3年8カ月のあいだに母親がしていたことを知ると、そう簡単には言葉が出てこなくなる。

袋に貼られた「大好きだよ」のメモ

冷凍庫の中で、子どもはTシャツに包まれ、袋に入れられていた。

袋に貼られていたのは、日付と「大好きだよ」の言葉が書かれた1枚のメモ。

母親はこの子に名前をつけていて、産んだときに顔を見て決めたのだという。

そして、たまに冷凍庫から出しては、絵本を読み聞かせることもあったそうだ。

 

なぜそんなことをしたのか。

「生きてたら、してあげたかったからです。ずっと一緒にいたくて」

「赤ちゃんって重みがあるじゃないですか。死んでしまったのはわかりますが、骨になっちゃったら軽くなっちゃって…」

これは、法廷で弁護人から理由を尋ねられた母親が、泣きながら途切れ途切れに答えた言葉である。

腕に伝わる重みだけが、その子がまだそこにいる証しだったのかもしれない。

 

母親はこの説明を、「自分のエゴで」という言葉で締めくくっている。

正しくないと自分でもわかっていながら、手放すことができなかった。

亡くなった子と離れられない親の気持ち

僕の近い知り合いに、小さな子どもを亡くした人がいる。

その人は当時、「亡くなったあとも離れられない」と言っていた。

葬儀までできる限り時間を取り、自宅で子どもと一緒に過ごした。

詳しくは書かないが、その時間がどうしても必要だったことは、聞いているだけでも伝わってきた。

 

我が子と、少しでも長く一緒にいたい。

それは親として、ごく自然な気持ちなのだと思う。

実際、葬儀の日どりを少し先に延ばして、家で最後の時間を過ごす家族は珍しくない。

頭では死を理解していても、心と体が追いつくには時間がかかる。

その時間の長さは、まわりが決められるものではないのだろう。

 

「ずっと一緒にいたくて」という言葉にも嘘偽りがないのだと思う。

ある意味、お葬式や法的手続きは、その思いを断ってくれる場なのだ。

ただ、あの母親の場合は自宅出産であったため、その時間が3年8カ月まで延びてしまった。

親の気持ちを考えると、僕はどうも責める気になれない。

もちろん、だから許されるという話ではない。

ただ、わが子の死を受け入れて送り出すことが、親にとってどれほど重いことなのかは、実際にその経験をしないとわからない。

母親がひとりで抱えていたもの

裁判で明らかになった母親の暮らしは、こういうものだった。

  • 内縁の夫から暴力を受けながら、ほかの子どもをひとりで育てていた時期があった
  • 育児ノイローゼと幻聴に悩まされていた
  • 中学生のころから薬物が身近にあり、依存は毎日使うほど深まっていた
  • 身の回りには、薬物でつながった人間関係が入り込んでいた

切ない話だと思って読んでいたのに、薬物が出てきた途端に気持ちが引いた、という人もいるだろう。

その感覚は正しいし、薬物の罪をかばうつもりは僕にもない。

 

ただ、この依存の深さは、そのままこの母親の孤立の深さだったのかもしれない。

産みたいと思った子の心音が消えたかもしれないという場面ですら、病院に駆け込めなかった。

頼れる人が、ひとりもいなかったのだ。

ネットでも、同じところに引っかかった人は多かったようだ。

 

子どもを亡くした親のまわりには、たいてい寄り添ってくれる誰かがいる。

葬儀の日どりを一緒に決める家族がいて、隣で手を合わせてくれる人がいて、悲しみを分け合う相手がいる。

「離れたくない」という気持ちは、そういう人たちに支えられて、少しずつ「送り出してあげよう」に変わっていくのだと思う。

あの母親のまわりには、それがなかった。

 

子どもを送り出すという重い仕事は、子を亡くしたばかりの親がひとりきりでできるものではないのだ。

 

裁判官は、子どもをきれいに洗って服を着せていたことから、「被告人なりの弔いの気持ちは認められる」と述べている。

一方で、食料品と同じ冷凍庫に置き続けたことは「粗雑だった」とし、「死者の尊厳を軽んじている」と厳しく評価した。

執行猶予は甘いという声もあったが、この判決には保護観察がついている。

保護観察官などの指導を受けながら、社会の中で更生していく仕組みのことで、薬物への依存を断ち切るには専門的な指導が欠かせないという判断だった。

母親に前科はなく、本人も依存の深刻さを自覚していて、これからは治療を受けたいと話したという。

刑務所に入れて終わりにするのではなく、社会の中で治療を続けさせる道を選んだ判決なのだと僕は受け取った。

 

法廷の最後には、検察官が、このままでは子どもがいつまで経ってもお空に行けないよ、と静かに語りかける場面があったそうだ。

母親は「その通りです」と認め、「ごめんね」と繰り返しながら、必死に謝罪の言葉を絞り出したという。

冷凍庫の前で子どもに絵本を読んでやる母親の姿を思い浮かべると、ただただ胸がつまる。

この人に足りなかったのは子どもへの愛ではなく、その愛を受け止めてくれる誰かだったのだと思えてならない。

どうかこれを機に新しい人生をやり直し、赤ちゃんの分まで幸せになってほしいと願う。