猪苗代湖のボート事故が、ふたたび大きな話題になっている。

2020年の夏、8歳の男の子が亡くなり、母親が両脚を失った、あの事故である。

二審の逆転無罪を、最高裁が見直すかもしれないという段階に入った。

そして、その無罪の理由の中心に置かれているのが「そこは遊泳禁止区域だった」という一点だ。

 

ところが国の事故調査報告書を読むと、あの場所についてまったく違うことが書いてある。

あそこは、船も入ってはいけない区域だった、と。

どうにも引っかかる。

今回はこの最大の争点を、できるだけわかりやすく解いていきたいと思う。

無罪の決め手は「遊泳禁止区域」

まず、何が起きたのかを短く振り返っておきたい。

2020年9月6日、福島県の猪苗代湖・中田浜。

千葉から遊びに来ていた家族が、水上バイクで引く浮体に乗る順番を待っていた。

ライフジャケットを着て、湖面にぷかぷかと浮かびながら、である。

そこへプレジャーボートが突っ込み、当時8歳だった男の子が亡くなった。

母親は両脚を失い、一緒にいた子どもも重傷を負っている。

事故そのものの経緯と、遺族がその後どんな時間を過ごしてきたかは、前回の記事に詳しく書いた。

猪苗代湖のボート事故
猪苗代湖ボート事故の無罪見直しへ|母親の無念を思うとやりきれない… 猪苗代湖で起きたボート事故を覚えているだろうか。 2020年の夏、湖にレジャーで来ていた8歳の男の子が亡くなり、母親が目の前で両脚...

 

一審の福島地裁は、禁錮2年の実刑判決を出した。

ところが二審の仙台高裁は、これをひっくり返して逆転無罪とする。

その理由の柱になったのが、次の判断である。

衝突地点は遊泳禁止区域であり、人が泳いだり留まったりしていることは想定しがたい——。

要するに、そこに人が浮いているとは思わなくて当然だった、という理屈だ。

 

この「遊泳禁止区域」という言葉が、この裁判の争点となっている

ニュースの見出しでこの5文字を見た人の多くは、たぶん同じ受け取り方をする。

入ってはいけない場所にいたのなら、被害者の側にも落ち度があったのではないか、と。

ネットにも、率直にそう書いている人がいた。

感情抜きに言うと、このような受け取り方をするのが自然である。

報道で流れてくる情報がここまでなら、そう読めてしまうのが普通だからだ。

だからこそ、この先を知ってほしいと思っている。

当時のマップに禁止の表記はない

湖の上に、白い線は引かれていない。

ここから先は入っていい、ここから先はダメ、という境目は目に見えないのだ。

ではレジャーで訪れた人は、何を頼りにするのか。

頼りになるのは、たった1枚の地図。

「猪苗代湖利用区分マップ」といって、地元の協議会が作り、印刷物としても配られ、ネットでも簡単に手に入るようになっていた。

あの家族も、この地図を確認したうえで湖に入っている

 

そして、ここからが問題だ。

国の運輸安全委員会がまとめた事故調査報告書は、事故当時のこの地図について、はっきりとこう認定している。

事故が起きた場所付近が利用禁止区域であることは表記されていなかった

近くにあるマリーナの正確な位置も、書かれていなかったのだ。

さらに、湖岸から何メートル沖が船の通る区域なのかという距離の表示まで実際の案内とは違っていた。

以下は僕が出ている情報をまとめて作った図解だが、数字を並べてみると、その違いがよくわかる。

猪苗代湖・中田浜で起きた遊泳禁止区域と航行禁止区域の実際の地図

地図には「沖合300メートル以遠の区域で航行してください」と案内が書かれていたとのこと。

ところが中田浜で実際に決められていたのは、湖岸から150メートルより沖である。

案内は300メートル、実際は150メートル

倍の開きがあったわけだ。

これでは、地図を真面目に読んだ人ほど、現場と違う絵を頭に描いてしまう。

 

ネットには、この事故を受けてこんな声もあった。

まったくもって、そのとおりだと思う。

けれど、あの家族は確認していたのだ。

確認した先の地図に、肝心なことが書かれていなかった。

立入禁止の札を立てないまま、なぜ入ったと問うようなものである。

ルールを守れと言う側のルール管理が十分ではなかったのだ。

本当は船も入れない場所だった

さて、ここからが今回いちばん伝えたいところである。

事故が起きた中田浜の西岸沖は、地元の計画のうえでは「保全誘導ゾーン」という区域にあたる。

ヨシ群落があって魚の産卵場所にもなっている、自然を守るための水域だ。

報告書は、このゾーンの中身をこう説明している。

すべての船舶の航行、船舶の発着、そして遊泳の禁止区域——。

これを読んだとき、正直あぜんとした。

 

遊泳が禁止なのではない。

遊泳「も」禁止、なのである。

ならば、船が通ることも、そこから船を出すことも禁じられていた場所だったと考えるのが普通ではないだろうか。

 

ここで、こう思う人もいるはずだ。

船だって、岸に着けるときは禁止区域を通るしかないんじゃないの、と。

僕も真っ先にそこが引っかかったのだが、報告書を読むと答えはちゃんと用意されていた。

中田浜の西側には、マリーナに出入りする船のための専用の通り道「船舶誘導区域」が別に設けられていたのである。

船が岸と沖を行き来するのはこの水路だけで、沖の航行区域に出るまでは徐行という決まりだった。

高速道路と同じで、出入りは決められたインターチェンジから本線に出るまでのランプはゆっくり走る。

好きな場所から本線へ飛び込んでいいわけではない

 

では、事故のボートはどこへ向かっていたのか。

報告書によれば、マリーナを出た直後で、仲間のボートと連れ立って湖へ遊びに出るところだったという。

着岸しようとして、やむを得ず禁止区域に入ったわけではないのだ。

専用の水路から沖の航行区域へ出るのでもなく、岸寄りの禁止区域をそのまま走っていた

事故の直前には仲間の船を追い越そうと速度を上げ、船首が持ち上がって前が見えにくくなっていたとも指摘されている。

本人は、その速度でも「徐行のつもり」だったと話しているそうだ。

 

位置関係も、数字で見るとはっきりする。

この保全誘導ゾーンは、湖岸から沖合150〜200メートルまで。

そして家族が浮かんで順番を待っていたブイのあたりは、湖岸から82〜137メートルの場所とあった。

つまり、あの4人がいたのは、ゾーンのど真ん中だった

だが同時に、そのボートもまた、通ってはいけない場所を走っていたことになる。

 

しかも、だ。

家族が目印にしていたそのブイは、小型船舶の免許を取るための教習に使われるブイだった。

船が入れないはずの区域に、船の免許の教習用ブイが浮かんでいたのだ。

これはもう、湖の管理そのものが破綻していたと言うほかない。

 

ネットでも、矛先を行政に向ける声はあった。

この指摘は、報告書の中身とほぼ重なる。

中田浜には、区域を示す浮標も、看板も、掲示板も設けられていなかった。

ルールの周知は、地元の事業者から利用者へ口頭で伝えるという方法しかなかったのだ。

おまけに、このゾーンの決まりを破っても罰則はない。

目印もなし、看板もなし、罰則もなし

そんな状態にしておいて、事故が起きたあとにだけ「あそこは禁止区域だった」と持ち出されるのだから、遺族が納得できるはずがない。

失ったものがどれほど大きいか、考えるだけで胸が苦しくなる。

一審と二審で判決が変わった理由

ただ、ここは公平に書いておかなければならない。

二審の無罪は、区域の話だけで決まったわけではないのだ。

もう一つの大きな争点は、そもそも操縦席から人が見えたのか、という点にある。

 

一審が根拠にしたのは、警察が行った実況見分。

湖面にマネキンを浮かべ、約223メートル手前から確認できたという結果である。

それだけ手前で見えるのなら、きちんと見張っていれば避けられたはずだ、という判断になった。

 

これに対して二審は、その実験の条件そのものを疑った。

マネキンは人間より水に浮くので頭が出やすい

実験をした時期の日差しも風も、事故のあの日とは違っていた。

そうした条件が被告に不利すぎるとして、見えなかった可能性を否定できない、と結論づけたのである。

223メートル手前で見えたのか、それとも見えなかったのか。

同じ湖面をめぐって、二つの裁判所の答えが真っ二つに割れた。

素人目には、僕もまったく同じことを思ってしまう。

そもそもボート操縦者の危機意識が低すぎたのではないかとも…。

 

そしてもう一つ、報告書を読んでいていちばん胸が重くなった事実がある。

ボートを操縦していた側もまた、あの地図に利用禁止区域の表記がなかったために、そこが禁止区域だと正確には知らなかったというのだ。

同じ1枚の地図が、両方の側に同じ思い違いをさせていた

片方は「ここなら浮いていて大丈夫だ」と思い、もう片方は「ここなら通っていい」と思った。

その二つの勘違いが、湖の真ん中で重なってしまった。

であるならば、「裁かれるべきは本当に操縦席にいた一人だけなのだろうか」というのが、この裁判をややこしくしている点なのである。

最高裁は何を問い直すのか

2026年7月23日、最高裁がこの事故の弁論を9月18日に開くと決めた。

弁論というのは、二審の結論を変えるときに必要になる手続きである。

では、そこで何が問い直されるのか。

 

争点は結局、

  • 予見できたか
  • そして避けられたか

の二つに絞られる。

 

区域の位置づけは、その予見の土台になる部分だ。

「遊泳禁止区域だから人はいないと考えてよかった」という理屈が通るのなら、その理屈は同じ強さで反対側にも向くはずである。

船の航行も禁止された区域なら、ボートも入ってこないと考えてよかったことになる

禁止の看板を、片方の側だけが盾にできるのはおかしい

そこがこの事故に残る、いちばん大きな矛盾だと僕は見ている。

 

もっとも、期待をふくらませすぎるのも危ういところがある。

冷静に見れば、そのとおりだ。

弁論が開かれたからといって、有罪が決まったわけではない。

 

それでもいま、多くの人が同じことを願っている。

6年ものあいだ宙づりにされてきた問いが、ようやく最高の場所で開かれる。

その事実が少しでも母親や遺族の失望を救うきっかけになっているかもしれない。

今はそれだけを静かに受け止めたい。

あの家族は何も間違っていない

最後に、僕がいちばん伝えたいことを書く。

あの家族は、事前に地図を確認していた。

全員がライフジャケットを身につけていた。

子どもから目を離さず、すぐそばで見守っていた。

湖に来た人ができることを、あの家族は全部やっていたのだ。

 

湖や海に子どもを連れて行くとき、僕らが確かめられるのは現地の看板か、配られた地図くらいのものである。

その両方が用意されていなかったのなら、いったい何をどう確かめればよかったというのか。

それなのに「遊泳禁止区域にいた」という一言だけが独り歩きして、あたかも落ち度があったかのように語られてしまう。

子どもを失い、両脚を失い、そのうえ落ち度まで疑われる。

これほど残酷な仕打ちが、ほかにあるだろうか

 

母親はいまも、義足と車椅子で日々を過ごしながら、亡くなった息子さんのことを発信し続けている。

その言葉に胸を打たれた人は、本当に多い。

同じように胸を痛めている人が、いま全国にたくさんいる。

 

ルールというものは、守れと言われて初めて成り立つものではない。

伝わって、はじめてルールになる

渡していない側が、守らなかったと責めることはできないのだ。

9月18日、最高裁の法廷でその当たり前が確かめられることを願っている。

そしていつの日か、あの日の湖で何ひとつ間違っていなかった家族に、そう言ってあげられる日が来てほしい。

猪苗代湖のボート事故
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