2026年9月29日の夜明け前、千葉市中央区蘇我の国道357号で、4人が乗った乗用車がトラックとぶつかり、火に包まれた。

助手席と後部座席にいた3人が亡くなり、運転していた19歳の若者は、自分で車の外へ出ていたという。

事故のあと、ネットには1本の動画が広がった。

燃える車のそばの道路に、若い男性があおむけに倒れこみ、足をばたつかせながら大声で泣き叫んでいる。

その男性が、運転していた若者だとみられている。

この動画を見て、「なぜ助けに戻らなかったのか」と責める人もいる。

炎の中へ戻ってでも助けなければならないほど、取り返しのつかないことをしてしまったのだ。

そして、その炎を生んだのは、火が上がる前の運転だ。

僕も子を持つ親のひとりとして、事故の動画を見てから胸がふさがったままだ。

蘇我の事故で帰らなかった3人

事故が起きたのは午前4時15分ごろで、外は強い雨が降っていた。

交差点で乗用車が対向車線に入り、向こうから来たトラックとぶつかって、そのまま燃え上がった。

事故の直前をとらえたとみられるドライブレコーダーの映像も、ネットに広がっている。

雨の国道をかなりの速さで走ってきた車が、車線を変えたところで滑り、そのまま交差点の対向車線へ飛び出していく。

速度は、まだ警察から発表されていない。

けれど映像を見るかぎり、雨の夜明けに3人を乗せて出していい速さでなかったことは、誰の目にも明らかだ。

 

助手席と後部座席にいた3人は、車の外へ出ることができなかった。

消防によれば、3人は20歳前後とみられている。

事故のあとも身元の確認が続いていて、運転していた若者とどういう間柄だったのかも、まだ報じられていない。

 

そしてもうひとり、ぶつけられたトラックを運転していた57歳の男性も病院へ運ばれている。

夜明け前に仕事で国道を走っていただけで、対向車線から飛び出してきた車に突っ込まれ、目の前で3人が亡くなる場面に立ち会わされた。

泣きたいのはトラックの運転手のほうだ、という声がネットには驚くほど多い。

 

20歳前後の子を持つ親にとって、わが子はようやく大人の入口に立ったばかりだ。

小さいころは手を引いて歩いた子が、いつのまにか自分で約束をして、夜に出かけていくようになる。

その子が、誰かの運転する車に乗って出かけ、そのまま帰ってこなかった。

亡くなった3人の親から見れば、この若者は、わが子が帰ってこなかった車のハンドルを握っていた人だ。

泣き叫ぶ姿を見たからといって、その事実が軽くなるわけではない。

19歳の運転手が一生背負うもの

「ガシャンッて大きい音がして、もう目の前で結構な炎が上がっていた」

現場の近くにいた人は、テレビの取材にそう話している。

車の高さの倍くらいの火が出ていたという証言もあり、雨の中でも、火が消えるまでには1時間ほどかかった。

 

その炎の中に、この若者が乗せてきた3人がいた。

なぜ運転していた本人だけが車の外へ出られたのかは、まだ報じられていない。

 

報道によれば、この若者の命に別条はない。

事故で本当に怖いのは、自分がけがをすることではない。

自分の運転で、一緒に乗っていた人が帰ってこなくなることだ。

体のけががほとんどなかったぶん、この若者は、自分の運転が招いた結果と、痛みの少ない体のまま向き合っていくことになる。

 

19歳といえば、親から見ればまだ子どもの顔が残る年ごろだ。

それでも、ハンドルを握って人を乗せた以上、その責任は大人と同じように問われる。

雨の夜にハンドルを握るたび、助手席に誰かが座るたびに、この若者はこの日のことを思い出すはずだ。

自分の運転で3人が亡くなったという事実は、一生抱えていく十字架になる。

もし運転していたのがわが子だったら

もし運転していたのが自分の子どもだったら、と考えてみる。

わが子が生きていると分かれば、親はまず、全身の力が抜けるほどほっとするだろう。

けれど、そのわが子の運転で、同じ車に乗っていた3人が亡くなっている。

 

3人の家族のことを思えば、ほっとした顔を見せることさえ、ためらわれる。

わが子を抱きしめたい気持ちと、3人の家族に顔向けできない気持ちが、同じ胸の中でぶつかり合う。

 

そして、わが子が「免許取れたよ」とうれしそうに報告してくれた日のことを思い出し、あの時、もっと何か言っておけばよかった…、と。

 

ただ、同じ親でも、運転していた若者の親はまだわが子に会える。

亡くなった3人の親は、もう会えない。

友だちを乗せる責任と乗らない勇気

僕たち親の世代にも、免許を取ったばかりのころ、友だちを乗せて夜の道を走った人は多いはずだ。

行き先なんてどこでもよくて、ただ車の中でしゃべっているだけで楽しかった。

ただ、そういう楽しい時間には、ハンドルを握る人の大きな責任がついてくる。

誰かを乗せた瞬間から、運転する人は、その人の命まで預かっているからだ。

4人を乗せた車は、1人で乗るときより重く、雨の路面では止まるまでの距離も長くなる。

そこで速度を出せば、ほんの一瞬滑っただけで、取り返しがつかなくなる。

 

ひと度ハンドルを握るとなれば、楽しさとリスクの距離は思っているよりずっと近くになってしまう。

ルールを破ってスピードを出した車は、もう乗り物ではなく凶器だ。

その車に乗ってしまえば、助手席や後部座席に座っている人には、ブレーキを踏むこともハンドルを切ることもできない。

だからこそ、ふだんから荒い運転をする人とは、どれだけ仲が良くても距離を置いたほうがいい。

夜中のドライブに誘われても、「今日はやめとく」と断る勇気を持ってほしい。

その一言さえ言えていれば、こんな無謀な運転に巻き込まれて、命を落とさずにすんだのかもしれない。

 

亡くなった3人は、20歳前後だった。

これから社会に出て、ようやく一人前の大人として歩きはじめるところだったはずだ。

そこまで大事に育ててきた親御さんの無念は、はかり知れない。

自分を大切に育ててくれた親のことを思えば、自分の身を危険にさらすような場所からは、距離を置くべきなのだと思う。

 

わが子が免許を取る日が来ても、友だちの車に乗る日が来ても、僕はこの事故のことを話すと思う。

怖がらせるためではなく、帰りを待っている家族のことまで、一緒に思い浮かべてほしいからだ。

 

残された人たちの気持ちに、すっきりした答えはない。

亡くなった3人のご冥福を、心からお祈りしたい。