都営新宿線の浜町駅で、なんとも情報量の多い逮捕劇があった。

逮捕されたのは、麻酔科医の男(39)。

この男が駅のトイレで自分の体に麻酔薬を打ち、錯乱して叫んでいたというのだ。

「死ぬ死ぬー!」

駅のトイレから、そんな声が響いていたらしい。

 

逮捕の容疑そのものは廃棄物処理法違反で、使用済みの注射針8本と麻酔薬の瓶を、駅のトイレに捨てた疑いだという。

罪状だけ見ればなんてことなさそうだが、このニュース、周辺の話がとにかく渋滞しているのだ。

母親付き添い、プロポフォール、絶叫、そして「薬を打つのが好き」という供述。

ガチャの当たり(?)みたいに濃い情報が、次から次へと出てくる。

不謹慎を承知で言えば、ニュースとしてはつい続きを読みたくなってしまう一件だ。

ネットでもかなり話題になっているこの一件を、今回は順番にほどきながら見ていこうと思う。

母親付き添いで駅トイレに1時間

この一報を最初に見たとき、僕は思わず二度見してしまった。

それくらい、状況そのものが映像として強い。

報道によると、この男は3月31日の夕方に浜町駅のトイレへ入り、そこでプロポフォールという麻酔薬を自分に注射したらしい。

そのまま個室に1時間ほどこもり、出てきたところで、また錯乱して騒ぎ出したそうだ。

いわゆる錯乱状態というやつである。

 

で、ここでいちばん引っかかるのが、この日、男には母親が付き添っていたという一点だ。

39歳の息子が駅のトイレに1時間もこもっている間、母親は外でずっと不安そうに待っていたという。

想像すると、なかなかにつらい絵である。

しかも報道では、普段からこの男は自分に麻酔薬を打っていて、外出のときは母親が付き添うのが常だったというのだ。

つまり、この日がたまたまの事故だったのではなく、日常のほうがすでに危うかったということになる。

やがて駅員が「男がホームから飛び降りると叫んでいる」と通報し、母親と駅員がなんとか取り押さえたそうだ。

薬を力ずくでも止められず、かといって放ってもおけない。

そういう板挟みの日々を想像すると、こちらまで胸が重くなってくる。

付き添いがなければ外も歩けない状態というのは、もう趣味や実験という段階を超えている。

本人が「好き」と言おうが、周りはとっくに振り回されていたわけだ。

この母親の1時間を思うと、さすがに笑って見ていられる話ではない。

薬を打つのが好きという供述

そして、この事件を一気に別次元へ押し上げているのが、本人の供述だ。

曰く、「プロポフォールに限らず、いろんな薬を自分の体に打ち込むのが好き」なのだという。

曰く、「国が許可していない薬の限界が知りたくて多めに打った」とも話しているらしい。

……猫猫か。

「好き」で薬を自分に打ち込む医師というのは、さすがに字面のパワーが強すぎる。

しかも「限界が知りたくて」ときた。

夏休みの自由研究じゃないんだから、と言いたくもなる。

 

ちなみにプロポフォールという薬、覚えている人もいるかもしれない。

あの世界的スターだったマイケル・ジャクソンが、亡くなる原因のひとつになったとされる麻酔薬だ。

扱いを一歩間違えれば、呼吸が止まりかねない

それくらい強力で、本来なら手術室でしか出番のないような薬である。

それを高揚感のために、気分が沈んだときに打っていたという。

ここだけ切り取れば、薬物依存の話としてはむしろわかりやすいが、本人は「学術研究のため」とも話しているらしい。

だが、自分の体を実験台にする研究というのは、さすがに聞いたことがない。

研究というより、興味と快楽のほうが先に立ってしまったのだろう。

そこに医師としての知識まで加わると、ブレーキの利かなさがいっそう際立ってしまう。

 

薬を熟知しているぶん、どこまでなら大丈夫かを自分で見積もれてしまうのだろう。

ただ、「好き」「限界を知りたい」という言葉選びのせいで、全体がどうにも突飛に響いてしまうのだ。

ネットで「情報量が多すぎる」と、半ば呆れ半ば笑いで受け止められたのも、わからなくはない。

「クレイジーすぎる」「一周回って心配になってきた」といった声も並んでいた。

怒るより先に、あっけにとられてしまう。

そういう種類の供述なのだ。

家庭ゴミと同じという言い分

供述のなかで、僕がいちばん「おいおい」となったのは、投棄についての言い分だ。

なんでも、「自己使用の注射針だから、家庭ゴミをコンビニのゴミ箱に捨てたのと同じ」だと話しているらしい。

……本気で言っているのだろうか。

使用済みの注射針というのは感染性廃棄物といって、コンビニ弁当の空き容器とはわけが違う。

本来は専用の容器に集め、決められた業者がきちんと処理する決まりになっている。

しかも報道では、その針には本人の血液が付いていたという。

血の付いた針が8本、駅のトイレに転がっていたのだ。

それも、不特定多数の人が使う、あの駅のトイレにである。

クレイジージャーニーの丸山ゴンザレス回ですか?

 

冗談はさておき、掃除の人や、次に入った誰かが、うっかり手を触れればどうなるか。

針刺し事故というのは、それだけで感染症のリスクを背負わされる

もし自分の子どもがあの駅のトイレを使っていたら、と考えると、正直ぞっとする。

それを「家庭ゴミと同じ」で片づけられては、こちらとしてはたまったものではない。

 

医療の現場で、廃棄物の扱いは基本中の基本のはず。

それを誰より知っているはずの人間が、平然とこう言ってのける。

毎日きちんと分別している医療現場の人ほど、いちばん腹を立てているかもしれない。

ルールを守っている大多数が、たった一人のせいで白い目で見られてはかなわない。

僕がいちばん引っかかったのも、たぶんこの温度差のところだ。

薬を扱うプロが薬に飲まれた

ここで一歩引いて考えたいのが、この男の立場である。

麻酔科医というのは、手術のときに患者を眠らせ、痛みを消し、そして安全に目を覚まさせる、いわば薬のプロだ。

人を眠らせる薬の扱いにかけては、誰よりも慣れているはずの人。

その人が、自分の体に打って錯乱し、駅のトイレで叫んでいた。

報道では、普段はまっとうな医療の情報発信もしていたという話まで出てくる。

体の管理や薬とのつき合い方について、それらしく語っていた側の人である。

薬のルールや倫理を語る側にいた人が、自分では限界まで打っていたのだ。

正しさを説く人ほど、自分の足元は見えなくなりがちなのかもしれない。

この皮肉が、なんとも後味が悪い。

 

火を扱うプロほど、自分だけは火傷しないと油断してしまう。

今回の話は、それにどこか似ている気がする。

薬にいちばん近い場所にいる人ほど、いざその薬に飲まれたとき、歯止めがきかない

手が届きすぎるというのは、それはそれで怖いことなのだ。

 

人を壊してしまうのは、たいてい過度のストレスだと言われる。

それが外へ向かえば事件になり、内へ向かえば、こういう自分を痛めつける形になる。

この男の場合は、逃げ道になる薬がすぐ手元にあったぶん、深みにはまるのも早かったのかもしれない。

依存というのは、知識や肩書きでは止められない

そこがこの魔物の、いちばん怖いところなのだと思う。

麻酔科医の免許はどうなるのか

さて、気になるのはこの先だ。

逮捕容疑はあくまで廃棄物処理法違反だが、警察は過去にも同じような投棄があったとみて、余罪を調べているという。

麻酔薬の自己使用そのものについても、追及は続いていくのだろう。

医師免許のほうも、当然ながら無傷では済まないとみられている。

薬物の自己使用がからむと、過去の例では医業停止や免許取り消しといった重い処分が下ることが多い

いずれにせよ、これまで通りとはいかないだろう。

患者からすれば、自分を眠らせていた医師がこの状態では、気が気ではなかったはずだ。

今回のように依存が背景にあるなら、治療を受けながらの長い道のりになるのだろう。

患者を眠らせる仕事に、この人がまた戻れるのかどうか。

正直、かなり厳しいのではないか。

 

ただ、忘れたくないのは、この男が「悪人」というより「患者」でもあるという点だ。

やったことの危うさは危うさとして、依存という病から本人が抜け出せるのか。

そして、外で1時間待っていたあの母親が、この先すこしでも報われるのかどうか。

罪は罪として、まずはこの男が薬の魔物から手を切れることを願っている。