兵庫県の斎藤元彦知事をめぐる『おねだり疑惑』は全部が嘘だった——そんな投稿が、いまネットで大きく広がっている。

2年前、テレビが連日のように流していた、あの騒動のことである。

当時、毎日のように「おねだりだ!」「パワハラだ!」と声高に叫ぶマスメディアの映像を見せられていた一人として、この機会に答え合わせをしてみたいと思う。

斎藤知事おねだり疑惑のその後

2026年8月、いま話題になっているのは、こういった主旨の投稿である。

2年前にテレビで見せられた話が、ここではまるごとひっくり返っている。

しかも、この投稿だけが飛び抜けて伸びている、というわけでもない。

似たような投稿がいくつも流れてきて、そのたびに「いや、パワハラは認定されている」と反論をぶつけにくる謎の勢力がやってくる。

2年半、ずっとこれである。

 

そもそも、あの騒動では何が起きていたのか。

話は2024年3月にさかのぼる。

県の元幹部が、知事のパワハラや贈答品の受け取りなど7つの項目を並べた告発文書を作り、報道機関や関係者へ送った。

斎藤知事の反応は、「そんなのは嘘八百です」というものだった。

 

ここで先に、登場人物を整理しておきたい。

この騒動には「県」のつく主役が2つあって、ごっちゃになりやすいのだ。

  • 斎藤知事が率いる「県庁」=文書を「嘘八百」と否定した側
  • 知事を追及する「県議会」=このあと百条委員会を立ち上げ、最後は不信任まで突きつける側

同じ兵庫県でも、この2つは真っ向から対立している。

 

そして知事の側、つまり県庁は、この文書を書いた人物を突き止めにいく。

5月、その告発文書を作成した元幹部に下されたのは停職3か月の懲戒処分だった。

ここは「告発したら処分された」とだけ報じられがちなので、県庁が挙げた理由を並べておきたい。

  • 文書の内容に合理的な根拠がなく、誹謗中傷にあたること
  • 勤務時間中に、私的な文書を作成していたこと
  • 公用パソコンから、職員の個人情報を持ち出していたこと

つまり知事側の言い分は、これは内部告発ではなく誹謗中傷の文書である、というものだった。

 

一方の県議会は、この言い分を鵜呑みにしなかった。

強い調査権を持つ『百条委員会』を立ち上げ、職員約9,700人にアンケートをとったのである。

「贈答品の受け取りを見聞きした」との回答が、約20%

自由記述には、革ジャンを試着して「これはいい。もらえないか」と言った、という話や、視察のたびにカニを持ち帰るという話が並んでいたという。

テレビが連日流していたのは、この部分である。

 

その渦中の7月、告発した元幹部が亡くなった。

9月には県議会が全会一致で不信任を可決し、斎藤知事は失職する。

当時、テレビの影響もあって、斎藤知事へのバッシングはひどいものだった。

しかし、斎藤知事は孤軍奮闘し、11月の出直し選挙に挑んだ。

結果は、111万票対97万票での再選だった。

 

年が明けた2025年3月、こんどは斎藤知事の側がみずから設置した第三者委員会(外部の弁護士たちによる調査チーム)が報告書を公表する。

つまり、答え合わせの材料はそこで出そろった形となる。

では、何が嘘で、何が本当だったのか。

第三者委員会の答え合わせ

報告書の結論を先に言うと、告発7項目のうち、認められたのはパワハラだけだった。

認められなかった6項目を並べてみる。

  • 幹部の不当な解任
  • 知事選での職員の事前運動
  • 職員への投票依頼
  • おねだり体質
  • パーティー券の購入依頼
  • 優勝パレードの不当な協賛金集め

このうち、世間をいちばん騒がせた『おねだり』の結論はこうである。

 

「贈収賄と評価できるような事実はなかった」

 

文書に並んでいたロードバイクもゴルフクラブもコーヒーメーカーも(それにしてもコーヒーメーカーとは、ずいぶん生活感のある疑惑である)、調べてみれば知事個人への贈与ではなく、県への贈与や貸し出しだったというのが真相となる。

例の40万円の革ジャンにいたっては、業者が「PRのために1週間貸した」と説明し、おねだりのやり取りは「わからない」との回答である。

高級旅館は、たしかに泊まってはいた。

ただし中身は、宿泊費が県の旅費の上限を超えていたというただの事務ルールの話

それが「高級旅館におねだり宿泊」の絵になって、お茶の間へ流れていたわけだ。

 

カニはどうか。

認定されたのは、比較的安価なベニズワイガニ2杯の受け取りだけ。

あれだけ騒がれた国民的スキャンダルの戦利品が、カニ2杯である。

しかも報告書のお咎めは、「受け取りを避けることが望ましかった」という注意にとどまっているとのこと。

つまり、あの連日報道が描いた「おねだり知事」の正体は、カニ2杯と事務ルールの話だったわけである。

まったくふざけた話としか言いようがない。

 

一方で、だ。

パワハラは、16件中10件が認定された

ここは事実として押さえておきたい。

ただし、その中身はこうである。

  • 机を叩いての叱責
  • 夜間や休日のチャットでの指示
  • 公用車を降りた場所での叱責

「パワハラ10件認定!」の見出しから想像する絵とは、正直ずいぶん距離のある中身ではないか。

 

もちろん、褒められた話ではないし、斎藤知事もこの部分については謝罪している。

ただ、これで知事の首を取り、兵庫県政を丸ごとひっくり返すほどの話だったのかと言われると、首をかしげてしまう。

だから、冒頭の投稿の「パワハラを見た者は1人もいなかった」だけは正確ではないのだが、「騒ぐほどの中身ではなかった」という実感のほうは間違っていないと思うのだ。

実際、その『認定』自体にも検証が入り始めている。

 

もうひとつ、報道が好んで持ち出す『違法認定』にも触れておきたい。

別の第三者委員会は、知事側の県庁が告発者を特定して処分したことを、内部告発した人を守る法律である公益通報者保護法に照らして違法と結論づけている。

ただ、そもそもあの文書が「保護されるべき内部告発」だったのかどうかは、専門家のあいだでも意見が割れたままだ。

県庁の言い分は、最初から「これは告発ではなく誹謗中傷の文書」なのである。

そして肝心の刑事は、背任や買収などの容疑がすべて嫌疑不十分で不起訴となった。

つまり、罪に問えるような汚職は何ひとつ立証されなかったことになる。

 

2年ごしの答え合わせをまとめると、こうなる。

  • おねだり=贈収賄なし・個人への贈与なし
  • 刑事責任=すべて嫌疑不十分で不起訴
  • パワハラ=机を叩いた・深夜チャット級が10件

あの連日報道が描いた『汚れた悪徳知事』は、どこにもいなかったのである。

兵庫県庁改革で困った組織の正体

では、なぜカニ2杯レベルの話が、知事の首を取りにいく騒動にまで育ったのか。

ヒントは、斎藤知事が就任してからやってきたことにある。

 

たとえば天下りの縮小政策である。

兵庫県では、県のOBが外郭団体——県の仕事を請け負う関連団体のことだ——の役員におさまり、内規の年齢を超えて居座る慣行が続いていた。

斎藤知事はこれを内規どおりの65歳までに正常化し、56人に退職を求めた

前の知事の時代に計画された1000億円規模の県庁舎の建て替えは凍結し、面積を3割減らす方向で見直した。

その一方で、県立大学の授業料無償化を進めている。

並べてみれば、県民の側から見て文句の出にくい話ばかりだ。

 

では、この改革で困るのは誰だろうか。

  • 退職を求められた56人と、これから天下る予定だったOBたち
  • 1000億円の建設工事を待っていた関係業界
  • 予算と人事の慣行を変えられる庁内の組織

色々と見えてくるものがある気がするのは、僕だけだろうか?

 

逆に考えてみればわかる。

はしごを外された側からすれば、たまったものではないからだ。

実際、県庁では2024年度の自己都合退職が前の年より4割増えて103人となり、17年ぶりに100人を超えたそうだ。

「職員が萎縮している」「県政が停滞する」といった批判も報じられたが、要するに、ぬるま湯が終わっただけの話である。

どちらに見えるかは、その人が県庁の中にいるか外にいるかで変わるのだと思う。

 

ネットでは、この構図をこう見る声が少なくない。

既得権益に切り込んだから引きずり下ろされかけた——という見方である。

陰謀論と笑うのは簡単だが、少なくとも「誰が困ったか」のリストは、上に並べたとおり実在するのだ。

そして、知事に不信任を突きつけて失職させたのも、ほかでもない県議会の全会一致である

 

ちなみに再選のときの出口調査では、投票でいちばん重視されたのは「教育や子育て支援策」の28%で、「内部告発問題」の23%を上回っていた。

10代から30代では、斎藤支持が対立候補の約3倍だったという調査もある。

兵庫県民は騒動ではなく、政策の中身で知事を選んでいたのである。

天下りにメスを入れて、大学の学費をタダにする知事と聞けば、よその県民として羨ましくなってしまうのは僕だけではないはずだ。

馬脚を現し、恥を晒したマスメディア

さて、答え合わせが済んだところで、あの連日報道の話をしなければいけない。

当時「新証言」として流れていた話の多くは、職員アンケートの匿名の自由記述だった。

 

つまり「見た」ではなく、「聞いたことがある」が大半を占める伝聞情報である。

 

クラスの伝言ゲームが最後尾に届くころには別の話になっているのと同じで、伝聞は人を経るほど育っていく。

その伝聞が、検証より先に「新証言続々」としてお茶の間へ流されていたのだ。

 

結果は、どうだったか。

  • 革ジャンは貸し出しで、
  • 個人への贈与はなしで、
  • 贈収賄の事実もなし。

なんだそりゃ?

テレビをありがたがって見ているお年寄りも、たまには怒ったほうがいい。

 

では、あの熱量で「贈収賄はありませんでした」と報じ直した番組が、どれだけあっただろうか。

僕の記憶には、ほとんどない。

報じるときは全力で、訂正するときは小声。

これでは「捏造だ」と燃やされても文句は言えない。

(神戸新聞、聞いてるか?)

 

象徴的な出来事もあった。

百条委員会の委員長が、パワハラ認定へ向けた調整が進んでいるとする民放の報道を「事実に基づかない」と否定し、訂正を求めた。

ところが民放側は、「裏が取れている」として応じなかったのだ。

調査している側の委員長が違うと言っているのに、放送は直さない。

ここまで来ると、報道というより意地である。

いまネットで流れている声も、結局はこれに尽きると思う。

ちなみに、第三者委員会の報告書が出た日のニュースを、覚えている人がどれだけいるだろうか。

調べ直すまで、こちらもすっかり忘れていた。

叩かれた話だけが記憶に残り、答えが出た日は残らない。

 

再選後の斎藤知事は「メディアリテラシーが問われた選挙だった」と語っている。

問われたのは『見る側の力』という意味の言葉だが、僕には問われて落第したのはメディアの側に見えるのだ。

京都・沖縄という『魔境』について

兵庫の騒動がよその県と違ったのは、最後に有権者がテレビをひっくり返したことである。

失職の翌日から一人で駅前に立ち、通行人に頭を下げ続けた斎藤知事が、投開票の前日には神戸で大観衆に囲まれていた。

あの光景は、いまもこうして語り継がれている。

映画化してほしい、という気持ちはよく分かる。

ネットで情報を集めた人たちが、テレビの空気を押し返した初めての知事選だったからだ。

 

ところが、この地殻変動がまるで起きない土地がある。

僕が勝手に『魔境』と呼んでいる、京都と沖縄だ。

 

今年4月の京都府知事選挙には、浜田聡という元参議院議員が立候補した。

兵庫の騒動のとき、アンケートを根拠に繰り返されるテレビ報道の在り方を、国会で質していた人物である。

浜田聡はいわば、兵庫の教訓に切り込んだ側の候補だった。

 

しかし、結果は約18万票。

自民から立憲までが相乗りで支える現職・西脇隆俊の約41万票に、大差で敗れている。

 

このときの投票率は、37.43%

有権者の6割以上が投票に行かない選挙では、組織で固めた票がそのまま勝敗になる。

兵庫で起きたことが、京都では起きなかった。

兵庫県のような利権構造があった場合、京都府民は非常に大きなチャンスを逃したと言えるだろう。

 

沖縄は、もっと深刻かもしれない。

今年3月、辺野古沖で修学旅行中の高校生を乗せた抗議船が転覆し、17歳の女子生徒と71歳の船長が亡くなった

国が教育の政治的中立を定めた教育基本法への違反を初めて認定し、学校には家宅捜索まで入った大事件である。

国が亡くなった船長を刑事告発するという異例の展開まで起きているのに、テレビの続報は驚くほど少ない。

詳しい経緯は、こちらにまとめてある。

辺野古ボート事故
テレビが報道しない『辺野古ボート事故の真実』を調べてみた2026年3月16日、沖縄の辺野古沖で修学旅行中の高校生たちを乗せた船が転覆し、17歳の女子生徒と71歳の船長が亡くなった。 あれから...

兵庫では、伝聞の革ジャンが連日全国放送された。

沖縄では、17歳が亡くなった事故の続報が、ほとんど流れない。

報道の熱量は、どうやら事実の重さでは決まらないらしい。

 

その沖縄で、8月27日に県知事選挙が告示され、9月13日に投開票される。

現職の玉城デニー知事が、立憲や共産なども加わる基地反対の枠組み「オール沖縄」に支えられて、3期目を目指す構図だ。

知事選ではこの枠組みが3連勝中で、地元の新聞2紙も、この側に近い論調だと長く指摘されてきた。

あの事故と政治的に近い場所に立つ県政を、地元の報道はどこまで検証するのか。

届かない情報を自分で取りにいく人が、どれだけいるのか。

 

最後に、この2年でいちばん大事だと思う事実を置いておきたい。

兵庫県民は、「当たり」の知事をくじで引き当てたわけではない。

テレビと逆の情報を自分で調べ、自分の足で投票所へ行って未来を取りにいったのである。

京都は、その手前で止まった。

沖縄の投開票日は、9月13日。

同じ轍を踏まないことを、隣の芝生を羨ましく眺めている一人として願うばかりだ。