有吉の壁が終了する本当の理由…若者人気番組が『消える法則』とは?
「有吉の壁」が、この9月でレギュラー放送を終えることになった。
2020年から水曜の夜7時を張ってきた番組が、10月からは特番へと戻る。
そして僕がいちばん引っかかったのは、その終了理由のほうだ。
有吉弘行いわく、「お年寄りが誰も見てくれない」から、なのだという。
この「若者に人気なのに終わる」という、なんとも言えない理不尽。
その裏側には、テレビというメディアがずっと抱えてきた残酷な法則が隠れている気がしてならない。
今回はその本当の理由と、若者に愛された番組ほど消えていく仕組みを、わかりやすく書いていこうと思う。
目次
有吉が明かした終了理由は「お年寄りが誰も見てない」だった
まず、何が起きたのかを整理しておこう。
7月15日、番組の冒頭で有吉本人が「一度終わって、特番に戻ります」と発表した。
2015年に深夜の特番として始まり、2020年にレギュラー化。
ざっと11年続いた番組が、ここで一区切りを迎えることになる。
問題は、その理由だ。
有吉は番組の中でこう言い切っている。
「もっとお年寄りに好かれる芸人になってほしかった」
「子どもばっかり見てました」
さらに7月19日、自身のラジオではもっと踏み込んで説明していた。
「若い人はたくさん見ていたんですけど、50代とか60代はほぼゼロ」
若者にはウケていても、50代60代がほぼゼロでは致命傷になるというわけだ。
それにしても、この潔さというか、身も蓋もなさは、さすが有吉って感じだ。
ふつう番組が終わるときは「一定の役割を終えた」みたいな、当たり障りのない言葉で濁すもの。
それを「お年寄りが見てない」と真正面から言ってしまうあたり、いかにも有吉らしい。
発表のときのやりとりも、じつに有吉の壁らしかった。
終了を知った壁芸人と、有吉の掛け合いはこんな調子だ。
- 壁芸人「何で壁終わるんすか!俺、もう何も出るもんないっすよ!」
- 有吉「お前らが年寄り意識しねえからだろ!」
- 有吉「一茂とか連れてこいよ!」
年寄りに強い芸能人を連れてこい、という見事なムチャ振り。
この空気の軽さこそが、そもそもこの番組の良さでもあった。
ネットでも、この終了理由には軽くざわついていた。
お年寄りを意識しないから…とか衝撃(笑)
そんなんで終わっちゃうの?(笑)— (@t_maru_summer)
そんなんで終わっちゃうのか、という笑うしかない驚き。
この空気こそが、今回の話のスタート地点となる。
若い人は見てたのに終了…この“理不尽”のカラクリ
さて、ここからが今回の本題。
「若い人はたくさん見ていた」
それなのに、番組は終わる。
この一見おかしな話には、ちゃんとカラクリがある。
キーワードは、視聴率の“種類”。
ひとくちに視聴率と言っても、実は大きく二つに分かれている。
一つは、13歳から49歳あたりを中心に数える「コア視聴率」。
もう一つは、家全体で何%が見たかを数える「世帯視聴率」だ。
広告の世界では、若い層をつかむコア視聴率が大事だと言われて久しい。
ところが、ゴールデンタイムの番組の“成績表”としては、いまだに世帯視聴率のほうが幅を利かせている。
そして世帯視聴率というのは、要するに人数のゲームである。
テレビ局からすれば、たくさんの世帯が見ている番組のほうが、スポンサーにも胸を張りやすい。
日本はとっくに高齢社会で、頭数でいえば50代60代のほうが圧倒的に多い。
だから、その層がテレビをつけない番組は、どれだけ若者に愛されても数字が伸びていかない。
いくら教室の一部で絶大な人気を誇っても、クラス全体の多数決になった瞬間に票が足りなくなる学級委員の選挙のようなもので、若者票だけでは過半数に届かないのだ。
この「頭数の理屈」に、ネットは素朴な違和感をぶつけていた。
私のまわりの50代60代視聴率100%なんだけどな🥺
— (@rainbowsheep925)
自分のまわりの50代60代は、みんな見ている。
なのに“ほぼゼロ”とは、いったいどういうことなのか。
からくりのもう一つは、若い世代の見方がすっかり変わったことにある。
お年寄りに寄り添うって言ってるけど、若者はTVerで見てるから視聴率には貢献してないのかな〜
自分もTVerしか見てない— (@game_tsumi_m)
いまの若者はテレビをリアルタイムで見ず、TVerのような配信で後から見る。
配信でどれだけ再生されても、従来の視聴率にはカウントされない。
つまり、「若者に人気」と「視聴率が高い」は、もう同じ意味ではなくなっているのだ。
ただ、数字のからくりだけでは、説明しきれないことも正直ある。
50代60代は、有吉の壁を知らなかったわけではない。
番組はちゃんと、その世代の目にも届いてはいた。
それでも、刺さらなかった。
人が何を面白いと感じるか、その好奇心のツボは、歳を重ねるうちに少しずつ変わっていく。
若手が体を張って、くだらないことに全力でぶつかる。
あの若さの熱量は、10代20代にはたまらなくても、人生の場数を踏んだ世代には、どこか通り過ぎてきた景色のように映ってしまう。
嫌っているわけではない。
面白いと感じるチャンネルの周波数が、若い頃とは少しずれているだけなのだ。
本当はこっち?有吉が言わなかった“もう一つの理由”
ここまで「お年寄りが見ない」を終了理由として話してきた。
ただ、僕はそれだけが理由だとは思っていない。
有吉自身が、ラジオでうっかり本音をこぼしているからだ。
ロケ地について、有吉はこう言っている。
「同じ場所なんだもん」
「家電量販店行って、ショッピングモール行って、アウトレット行って…もうネタもなくなって」
11年もやれば、行く場所も、やる企画も、さすがにネタ切れにもなるだろう。
しかも聞けば、ロケは朝の早い時間から丸一日がかりだという。
これを10年以上、毎週続けてきたわけだ。
正直、しんどくないほうがおかしい。
そう考えると、「特番に戻る」という判断は、案外前向きなものなのかもしれない。
毎週の重いノルマから解放されて、特番でじっくり腰を据えて面白いことをやる。
「お年寄りが見てくれない」という理由の裏には、制作の疲れと、ネタ切れという現実が透けて見える。
他に有吉は一杯番組持っているから一本位無くなっても良いじゃないか!!
— (@hG6DjT322o8gqVX)
ネットにも、そのあたりを冷静に見ている人がいた。
有吉ほどの売れっ子なら、番組の一本や二本、どうということはない。
むしろ肩の荷が下りた、というくらいの話なのかもしれない。
若者人気番組が消える法則 — ピカルの定理も同じだった
ここで、少し過去を振り返ってみたい。
「若者に愛された番組が、数字の壁で畳まれる」
これは、有吉の壁で初めて起きたことではない。
思い出すのは「ピカルの定理」がそう。
2010年から2013年まで、フジテレビでやっていたお笑い番組である。
千鳥、ハライチ、ピース、渡辺直美——のちに大ブレイクする若手が、ここから次々と飛び出していった。
いま思えば、とんでもない打率の番組。
だが、ゴールデンに進出してわずか半年ほどで、低視聴率を理由に幕を下ろしている。
若手の登竜門ほど、数字という物差しでは長続きしないのだ。
内村プロデュースの終了を思い出した。
同じような最後の迎え方だなあ。
有吉の壁は面白いんだけど、テレビはもう高齢者向けの内容じゃないと終わってしまう。— (@megumin2473861)
ネットでも、同じ流れを重ねて見ている人がいた。
面白い若手が育つ場所ほど、視聴率という物差しでは評価されにくい。
そういう皮肉な法則が、たしかに存在するのだ。
有吉の壁も、まさにそうだった。
チョコプラもシソンヌも、この番組を踏み台にして世に出ていった一組だ。
言い換えれば、有吉の壁は“次の売れっ子”を生み出す工場のような番組だった。
その工場が一度店じまいするというのは、若手芸人にとってはなかなかの痛手だろう。
壁芸人のインポッシブル・えいじが、もう出るものがないと嘆いていたのも、あながち大げさではないのだ。
面白い番組を数字が殺す時代、テレビは誰のものか
最後に、今回の件でいちばんモヤモヤするのは、たぶんここだ。
「面白いかどうか」より「誰が見ているか」で番組の生き死にが決まる。
その現実を、有吉が自ら悪役を買って出るような形で、はっきり口にしてしまった。
ネットの反応を見ていても、矛先は有吉にはあまり向いていない。
多くの人が引っかかっているのは、テレビというメディアの構造そのもののほうだ。
有吉の壁のレギュラー終了理由、「お年寄りが見なかったから。」テレビはもうゴールデンタイムでさえお年寄りのものだ。終わりだね
— (@tau_Kani)
ゴールデンタイムでさえ、もう上の世代のものになりつつある。
そんな諦めにも近い声が、あちこちで漏れていた。
若い世代はとっくに配信へ移り、テレビはますます上の世代へ最適化されていく。
その流れのなかで、若者に振り切った番組は、ゴールデンでは生き残りにくくなっている。
もっとも、これを寂しいだけの話にしてしまうのも、少し違う気がする。
チョコプラやシソンヌのような看板が、同じ番組をずっと張り続ければ、その分だけ次の若手が座る椅子は減っていく。
番組が一度リセットされることで、また新しい才能が転がり込んでくる余地も生まれる。
いまをときめく芸人の多くも、どこかの番組が一度終わったあとに空いた椅子へ座って、世に出てきた。
世代交代というのは、いつだって少しの寂しさとセットでやってくるものだ。
「有吉の壁」は、9月でいったんその役目を終える。
でも、特番という形でまた顔を出すし、あの番組が生んだ芸人たちは、いまもあちこちで笑いを取り続けている。
面白いものが数字だけで測られてしまう時代に、それでも記憶に残る番組を11年もやり切った。
それはそれで、案外わるくない幕引きなのかもしれない。